【Web版】無華の花嫁3~秘めた力を狙われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される~

「……今日も帰りは、どこか喫茶店に寄ってから帰るか」
「いいのですか……?」
「もちろんだ。そのために、用件は早々に切り上げさせる」

 ふっと暁臣様の唇の端が和らぐ。
 それが、私と過ごす時間を誰にも邪魔されたくないという彼の意志の表れだと分かって、たまらなく嬉しくなる。
 同時に、胸の奥がちくりとする。
 ——今日の『茶会』は、きっと穏やかなものではない。

「今日は、皇居へ伺うのではないのですよね?」
「あぁ。今日の茶会は東宮殿下——皇太子殿下の主催だ。場所は東宮御所になる」
「暁臣様の、従兄弟にあたるお方……ですよね?」
「そうだ。もっとも、この世で一番遠い従兄弟だがな」

『一番遠い』という言葉の裏にある冷ややかな響きに、私は思わず、腹違いの妹である百合のことを思い出してしまう。
 血は繋がっていても、心は凍てつくほどに遠かった妹。
 伯爵家の蔵で隠れるように生きてきた私にとって、『普通の従兄弟』がどのような距離感で接するものなのかは分からない。
 けれど、暁臣様が抱くその複雑な感情の片鱗に、胸がちくりと痛んだ。
 ——遠いという言葉の中に、様々な感情が、諦めや哀しみが混じっている気がして。

 車はやがて、大きな鉄門をくぐり、深い森のような並木道を進んで静かに停車した。
 積もった雪が車輪の下でぎゅ、と短く鳴る。降り注ぐ粉雪は細かく、空気が刺すように冷たい。
 暁臣様に手を取られて車を降りると、私の吐く息が、舞い散る粉雪に混じって白く消えていく。

「指先が冷たいな。寒くないか、すみれ」
「はい……。暁臣様の手が暖かいですから、大丈夫です」
「……そうか。だが、今度新しい手袋を買おう。肌に馴染む、質のよいものを」

『手袋』と言われて、ほんの少しだけ複雑な気持ちになる。

 もちろん暖かいのは嬉しいけれど。
 手袋をしてしまったら、こうして繋がれた掌から直接伝わる彼の体温が、遮られてしまうのではないだろうか。
 名残惜しさを隠しきれず、私は繋がれた手をそっと見つめてしまった。
 黒い手袋越しでも分かる、彼の指の長さ。私の手は、その中にすっぽり収まってしまう。
 ——守られている。そう思うと、怖さより先に、胸が熱くなる。

 案内されたお邸は、以前お邪魔した暁臣様の本宅である、五条家をも凌ぐほどの、圧倒的な格調の高さを漂わせていた。
 門から見える外壁の石は重く、雪を被ってなお揺るがない。
 足を踏み入れた瞬間、空気そのものが違う気がした。