朝早くから、仕立て上がったばかりの訪問着に身を包み、暁臣様とともに車に揺られる。
帯の締まりがまだ新しく、背筋の奥にきゅっとした緊張が残っていた。
それでも、窓硝子の向こうを流れていく冬の景色を見ていると、胸の内が少しずつ落ち着いていく。
——隣に暁臣様がいる。それだけで、外の世界は怖いばかりではなくなった。
「はぁ……」
深い鉄紺色の三つ揃えのスーツを着こなし、長い足を組んで肘をつく。
車内に漂う微かな革の匂いと、彼の整髪料の香り。
その間を縫うように、ため息が落ちた。
窓の外を眺めながらこぼされた暁臣様のため息は、家を出てからこれで何度目だろうか。
数えるのはやめたのに、耳は勝手に拾ってしまう。
「あの、暁臣様……。やはり、お疲れなのですか?」
「……疲れてはいない。ただ、すみれとのんびり過ごせるはずだった数少ない休日を邪魔されたと思ったら、何度でもため息が出る」
不機嫌そうに、けれど私を責めるのではない響きで、彼はそう告げた。
その独占欲が混じった言葉に、私の胸は甘く疼く。
嬉しいのに、恥ずかしくて、視線が落ちそうになる。
私も、お邸で二人きりで過ごせる時間を惜しいと思ってはいたのだけれど——。
言葉にする勇気は、まだない。
それでも、暁臣様と一緒に外の世界へ出ることは、最近の私にとって小さな楽しみになりつつあった。
移ろいゆく季節、窓の外に流れる景色。
店先の赤い提灯、白い息を吐く人々、積もりかけた雪に小さく残る車輪の跡。
そのどれもが、彼の隣にいるだけでかけがえのない大切な思い出に変わっていく。
外は、昨日から降り続いた雪がしんしんと積もり始めている。
銀世界に変わりゆく景色を眺めていると、どうしてもあの日——初めて暁臣様と出会った日のことを思い出してしまう。
冷たい井戸端。濡れた袖。骨の奥まで染みる寒さ。
雪は、私を包む白ではなく、私を消す白だった。
かつての私にとって、雪はただただ寒く、体温と希望を奪っていく絶望の象徴でしかなかった。
けれど今は違う。雪を見れば、井戸の横でうずくまり、凍え死ぬのを待っていた私を見つけ出してくれた、彼の温かな声を思い出す。
あのとき、伸ばされた手。あの瞬間から、雪が怖くなくなった。
あの日から、私の灰色の世界は鮮やかに色づき始めた。
運命が、音を立てて変わったのだ。
指先が露出した擦り切れそうな着物を着ていた私が、今では私のために誂えられた絹の重みに包まれている。
肩には、暁臣様が『似合う』と言って贈ってくださった、柔らかな濃い紫色の毛足の暖かいストール。
指先で撫でると、ふわりと毛が起きて、熱が逃げない。
私、ちゃんと……ここにいる。
そう思えるのが、まだ夢みたいだった。
帯の締まりがまだ新しく、背筋の奥にきゅっとした緊張が残っていた。
それでも、窓硝子の向こうを流れていく冬の景色を見ていると、胸の内が少しずつ落ち着いていく。
——隣に暁臣様がいる。それだけで、外の世界は怖いばかりではなくなった。
「はぁ……」
深い鉄紺色の三つ揃えのスーツを着こなし、長い足を組んで肘をつく。
車内に漂う微かな革の匂いと、彼の整髪料の香り。
その間を縫うように、ため息が落ちた。
窓の外を眺めながらこぼされた暁臣様のため息は、家を出てからこれで何度目だろうか。
数えるのはやめたのに、耳は勝手に拾ってしまう。
「あの、暁臣様……。やはり、お疲れなのですか?」
「……疲れてはいない。ただ、すみれとのんびり過ごせるはずだった数少ない休日を邪魔されたと思ったら、何度でもため息が出る」
不機嫌そうに、けれど私を責めるのではない響きで、彼はそう告げた。
その独占欲が混じった言葉に、私の胸は甘く疼く。
嬉しいのに、恥ずかしくて、視線が落ちそうになる。
私も、お邸で二人きりで過ごせる時間を惜しいと思ってはいたのだけれど——。
言葉にする勇気は、まだない。
それでも、暁臣様と一緒に外の世界へ出ることは、最近の私にとって小さな楽しみになりつつあった。
移ろいゆく季節、窓の外に流れる景色。
店先の赤い提灯、白い息を吐く人々、積もりかけた雪に小さく残る車輪の跡。
そのどれもが、彼の隣にいるだけでかけがえのない大切な思い出に変わっていく。
外は、昨日から降り続いた雪がしんしんと積もり始めている。
銀世界に変わりゆく景色を眺めていると、どうしてもあの日——初めて暁臣様と出会った日のことを思い出してしまう。
冷たい井戸端。濡れた袖。骨の奥まで染みる寒さ。
雪は、私を包む白ではなく、私を消す白だった。
かつての私にとって、雪はただただ寒く、体温と希望を奪っていく絶望の象徴でしかなかった。
けれど今は違う。雪を見れば、井戸の横でうずくまり、凍え死ぬのを待っていた私を見つけ出してくれた、彼の温かな声を思い出す。
あのとき、伸ばされた手。あの瞬間から、雪が怖くなくなった。
あの日から、私の灰色の世界は鮮やかに色づき始めた。
運命が、音を立てて変わったのだ。
指先が露出した擦り切れそうな着物を着ていた私が、今では私のために誂えられた絹の重みに包まれている。
肩には、暁臣様が『似合う』と言って贈ってくださった、柔らかな濃い紫色の毛足の暖かいストール。
指先で撫でると、ふわりと毛が起きて、熱が逃げない。
私、ちゃんと……ここにいる。
そう思えるのが、まだ夢みたいだった。



