神々の食卓――御厨守をしていたら神様に求婚されました

 この日は朝御饌の短冊が少なかったので、支度が早くに済んだ。お昼ご飯も早めに済ませた。

「時間もあるし、材料もあるし、作ろうかな」

 晴は家の中に白瞑を探した。朝一番で干したシーツが乾いたからと、晴の部屋のシーツを変えてくれている。

「白瞑様、いる?」

 晴は自分の部屋の扉を開けた。棒立ちになった白瞑が、壁に釘付けになっていた。

「どうしたの?」

 晴の姿に気が付いて、白瞑がビクンと肩を揺らした。

「な、なんでもない」

 白瞑がそそくさとシーツの交換を始めた。

「僕も手伝うね」
「晴は休んでいて、いいよ」
「二人でしたほうが、早いよ。一緒にやろう」
「……うん」

 呟いた白瞑の顔が、俯いている。その頬が、心なしか赤く染まって見える。

「あのね、晴……そこの、壁の」
「うん? なぁに?」

 顔を寄せたら、白瞑が思いっきり仰け反った。

「やっぱり、何でもない。古いシーツのお洗濯、してくるね」

 白瞑がシーツを抱いて部屋を出て行った。

「え! 待って白瞑様。聞きたいことが……って、行っちゃった」

 白瞑の姿は、廊下にすらなかった。

「甘味が好きか、聞きたかったのに」

 晴は壁に貼っている短冊を眺めた。桃の薔薇ケーキを、夕暮の神は喜んでくれた。

「きっと、好きだよね」

 晴は御厨に入ると、甘味を作り始めた。

「今日はアイスクリームメーカーを使って~フレーバーはフワフワバニラと蜜イチゴにして~」

 歌うように独り言を呟きながら、デザートを作っていく。

「もちもちの熱々生地で、ヒンヤリトロ甘にしまーす」

 独自配合のクレープ生地を薄く何枚も焼いていく。冷やした皿にドレープを描くように熱々のクレープ生地を重ねる。その上にバニラとイチゴのアイスを載せて、生クリープをホイップする。仕上げにアーモンドスライスとチョコソースをかけて、完成だ。

「可愛くて、美味しそうだ」

 いつの間にか隣に白瞑がいた。
 目を輝かせて皿の上のクレープを見詰めている。

「美味しそうでしょ? 白瞑様が好きかなって思って作ったよ」
「私にために……?」
「うん。白瞑様が食べてくれたら嬉しいなって思うデザートにしたんだ」

 白瞑の目が輝いている。潤んでいるみたいだ。白瞑を椅子に促すと、目の前に皿を置いた。

「本日のデザートは、蜜イチゴとフワフワバニラアイスのもっちりクレープです。どうぞ、召し上がれ」

 白瞑がクレープにフォークを入れる。熱々のクレープとひんやりイチゴアイスを、一緒にパクリとした。もぐもぐする白瞑の目が徐々に見開かれた。

「おっ……美味しい」

 今までで一番の美味しいが白瞑から出た。
 晴の胸に嬉しさが広がる。狸の尻尾が、ゆらゆら揺れた。

「えへへ。白瞑様が喜んでくれて、嬉しいな。それはね、お礼だよ」
「お礼?」

 白瞑が首を傾げた。

「一緒にいてくれる、お礼」
「私は、居候の身だから。むしろ迷惑じゃないのかい?」

 白瞑が顔を俯かせる。

「迷惑なんて、ないよ。狭間に来てから、僕はずっと一人だったから。誰かがいてくれるの、新鮮なんだ。一緒に料理できるのも、とても楽しいよ」

 御厨守の仕事は、一人でも楽しい。二人だと、もっと楽しいと知った。

「二人は楽しいって、教えてくれたのは白瞑様だから。これは、そのお礼だよ」

 クレープを切り分けて、バニラアイスを添える。

「はい、あーん」

 差し出したアイスクレープを白瞑が恐る恐る、パクリとした。白瞑の体が光に包まれる。一際、強い神力が溢れ出した。

「うわ、眩しい」

 思わず目を瞑る。瞼の裏まで明るい。

(これだけ神力が溢れたら、元に戻れるんじゃ……)

 そう思って目を開けた。白瞑の姿は変わっていなかった。

「白瞑様って、今が元の姿なの?」
「いいや。本来はもっと、大人の姿だよ」

 白瞑が、すぃと目を逸らした。

「そうなんだね。もっともっと美味しいもの、食べないといけないね」

 晴は拳を握って気合を入れた。

「晴は……私が神世に戻ったほうが、嬉しい?」
「それは、ちゃんと戻れたほうがいいと思うけど……」

 白瞑が、ぐっと唇を噛んだ。

「いなくなっちゃったら、淋しいかも」

 ぽそりと、晴の口から言葉が零れた。俯きかけた白瞑の顔が上がる。

「でも、気にしないで。一人で御厨守をするのは、慣れているから。白瞑様は、ちゃんと帰るべきだよ」

 微笑みかけたら、白瞑が泣きそうに目を歪ませた。

(どうしたんだろう、悲しそうだ)

 晴はまたアイスクレープを切り分けて、白瞑の口元に持っていった。

「さぁ、もっと食べて」
「うん」

 ぱくりと頬張る白瞑は可愛い。美味しい顔で食べる姿を見られるだけで、心が満たされる。

(白瞑様が嬉しそうだと、僕も嬉しくなる。悲しい顔は、見たくないな)

 美味しい顔で食べているけど、白瞑にいつもの元気がない。少しだけ心配になった。
 白瞑がナイフとフォークを晴から受け取った。

「自分で、食べるよ。とても美味しい」
「うん、どうぞ」

 晴をちらりと見上げて、白瞑がイチゴアイスを口に運ぶ。

「危なかった……戻るところだった」

 ぽそりと呟いた白瞑の言葉は、よく聞こえなかった。
 アイスクレープを頬張る白瞑の顔が、徐々に笑みを取り戻す。

(元気になってくれたかな)

 安心しながらも、晴の胸に何かが引っ掛かっていた。