神々の食卓――御厨守をしていたら神様に求婚されました

 晴は一人、回廊を歩いた。
 何度が左に曲がったと思う。廊下の長さは同じではないようだ。短い廊下を歩いてすぐ左に曲がったり、そうかと思えばやけに長く真っ直ぐな廊下を歩いたりした。

「景色も変わらないし、時間もわからない。ちゃんと進んでいるのかな」

 不安になりながらも、晴は歩くのをやめなかった。

「あれ? 向こうに緑が見えてきた?」

 一面白かった景色の向こうに、森のような色が見える。晴の足が急いて、走った。

「ここ、狭間の御厨があった森だ」

 晴が毎日、神々の祠へ通っていた道だ。その道を、晴が歩いていた。

「あの子、僕? 僕は、ここにいるのに」

 景色の向こうの晴と、自分自身を見比べる。

『うふふ、今日も夕暮の神様から嬉しい短冊をもらっちゃった』

 晴が嬉しそうにしながら御厨に帰っていく。

(これって、時を遡っているの? 時の大社だから?)

「白瞑は、時が飛ぶって言っていた」

 つまり今の晴は、狭間にいた頃の過去に飛んでいる、ということだろうか。
 自分に向かって手を伸ばす。触れそうになった手は何も掴めず、すり抜けた。

「触れない。これは、映像みたいなものなんだ」

 回廊の真ん中に過去の映像が現れているから、先に進めない。

「観ろってことなんだね。わかった」

 晴は立ち止まって、自分の姿を見詰めた。
 御厨に戻った晴は、自分の部屋で短冊を壁に貼り付けていた。

「白瞑がくれた短冊、僕の宝物」

 カシャリと画面が切り替わる。幼い姿をした白瞑と御厨で料理をしている晴がいた。神世から落ちて神力を削がれていた時の白瞑だ。

「僕、とても楽しそう。あんなに笑ってる」

 普段、一人で作っている時は、笑っていただろうか。今では思い出せない。少なくとも、笑いかける相手はいなかった。

(一人でも楽しかったけど、二人はもっと楽しいって、白瞑が教えてくれた)

 蜜イチゴのアイスクレープを出した時の白瞑が、感動した顔をしている。
 食べている姿を眺める晴も、笑っていた。

「あ……白瞑が、大人の姿に戻った」

 白瞑の姿が光に包まれて、成長した。御厨で初めて見た時は驚いた。映像の中の晴も驚いた顔をしている。

「僕……白瞑の着物を握ってる」

 ずっと白瞑の着物を握り締めている。この時は、まだ神世に行くのを戸惑っていたはずなのに。

「離れたくないって、思ったからかな。この時から僕は、白瞑と一緒が良かったから」

 また画面が切り替わった。
 湫憂に厳しい話をされて、溜まった短冊分の御饌を作ることになった時だ。晴は白瞑に寄り添っている。

「そんなつもりなかったけど、ピッタリくっ付いてる」

 神世で御厨守をするため、神々に御饌を振舞った時。白瞑の屋敷の台所で一緒に料理を作った。あの時は楽しかった。
 冬の神の屋敷に行く時も、過保護なくらい厚着させてくれる白瞑が、くすぐったくて嬉しかった。
 映像の中の白瞑が氷魚と言い界の喧嘩を始めた。そんな二人を、晴はソワソワしながら見守っている。

「白瞑は氷魚様と仲直りしたのに、僕は嫉妬したんだ」

 白瞑の目が自分以外に向くのが辛くて、泣いた。誰かを独占したいなんて、初めて思った。今でも思い出すと泣きそうだ。
 また、場面が切り替わった。夜見と照陽が月の雫を持って、プレテストに来た時だ。

「夜見様……」

 本気で白瞑を愛している夜見の気持ちに、正直に圧倒された。それでも、負けたくないと思った。あの時、はっきりと自分の気持ちを自覚した。

「僕、白瞑が大好き」

 どうしてか、ポロポロと涙が零れた。

(いつの間にか、こんなに白瞑のこと、大好きになっていたんだ)

「どうして時の神様は、僕に思い出を見せるんだろう」

 グシグシと涙を拭う。前に向き直ったら、映像が消えていた。

『晴……聞こえる?』

 白瞑の声が聞こえた。
 晴は、周囲をきょろきょろと見回した。回廊には誰もいない。

「白瞑……?」

 今の声が本物の白瞑なのか、思い出の白瞑なのか、わからない。
 晴は回廊の先に歩き出した。

『晴、こっち……早く、私に追いついて』

 聞こえる声のほうに手を伸ばす。回廊の先に人影を見付けた。

「白瞑……!」

 人影が光に変わる。まばゆい光で目が眩んだ。晴は思わず立ち止まって、目を閉じた。

『晴、目を開けて』

 白瞑の声に促されるまま、目を開けた。視線の先に、大きな扉があった。

「ここが、最奥?」

 一本道の廊下を、ずっと歩いてきた。途中に部屋があるとも聞いていない。きっと最奥の時の間なんだろう。

「……入ろう」

 晴は胃を決して、重い扉をに手をかけた。