神々の食卓――御厨守をしていたら神様に求婚されました

 御饌を作り、白瞑と夕暮れを見守って日々を過ごす。そんな日常が晴にとって当たり前になった。

「白瞑、飲み物を持ってきたよ」

 縁側で奏楽を見上げる白瞑の隣に座る。

「今日は琥珀紅茶のフワフワ生クリーム乗せだよ」

 ほんのり甘味を感じるようにアカシア蜜を入れてある。

「ありがとう、晴。こっちにおいで」

 手招きされて、晴は白瞑の隣に並んだ。二人揃って、琥珀紅茶を飲む。

「優しい甘さだね。美味しいよ」

 白瞑が晴の頬を撫でた。最近の白瞑は晴の頬や目尻を撫でるのが好きだ。

「今日の夕焼けは、晴れだね」

 晴は空を指さした。金色の夕暮れが空いっぱいに輝いている。こういう空は秋の間でよく見られるのだと、白瞑が教えてくれた。

「美しくて、強くて、晴みたいな空だ」
「僕? 名前は晴だけど」

 晴という名前は師匠が付けてくれた。お気に入りの名前だ。

「人生、毎日晴れって意味でつけてくれたんだよね。素敵な師匠だね」
「うん! 師匠も自分の名前も、大好きだよ」

 晴にとっては育ての親であり、料理の師匠だ。生きるための総てを教えてくれた人だった。

「だからきっと、晴は優しくて強いんだね」
「僕、強いかな」

 喧嘩は正直あまり、勝てる自信がない。

「晴は心が強い。その強さや優しさが、料理にも表れているよ」

 じわりと、胸が熱くなった。

「白瞑に、そんな風に言ってもらうと……嬉しい」

 嬉しくて、胸が締まる。幸せなのに、どこか切ない気持ちになる。

(白瞑を……ぎゅってしたくなる)

 晴は白瞑の手を握った。

「僕は、空を見ている時の白瞑が好き」

 握った白瞑の指が、小さく震えた。

「綺麗だって、思う?」

 白瞑が問い掛ける。少し怯えているみたいだ。儚い姿を美しいといわれることを、白瞑はきっと好まない。それは何となく、晴にもわかる。

(でも、綺麗なのは悪いことじゃないと思う)

 晴が感じた美しさを誤魔化す気にはなれない。

「綺麗だと思うよ。だけど、それだけじゃなくて……空を見ている時の白瞑を、こんな風にね、したくなる」

 晴は手を離した。白瞑の後ろに回って、その顔を抱きしめた。白瞑の頬に自分の頬をピタリとくっ付ける。

「温かい?」
「……温かい」

 白瞑が頬を寄せる。ぴったりくっ付いた頬が、もっとくっ付いた。

「二人でいたら、ずっと温かいね」
「……うん」

 白瞑が、はにかむように笑んだ。
 空の上、北辰の近くに、白い走り星が通った。夜の群青が徐々に金色を飲み込み始めた。

「あれ? 白瞑、これ」

 二人の足元に、手紙が置かれていた。
 白瞑が、息を飲む気配がした。晴は白瞑から離れて、縁側に置かれた手紙を手に取った。

「いつの間に……もう伝書鳩さんが飛べる明るさじゃないのに」

 拾い上げた手紙を、白瞑に手渡す。その指が震えていた。

「白瞑?」
「……大丈夫、確認してみよう」

 白瞑が手紙の封を切った。真っ白な便せんに、黒い文字が浮かび上がった。

『夕暮の神・白瞑 
 御厨守・晴を連れて
 時の大社に来るように』

 ドクン、と晴の心臓が揺れた。

(湫憂様が言っていた、時の神様からの呼び出した)

 白瞑が、ぐっと唇を噛む。目を閉じて一つ頷くと、呟いた。

「うん、大丈夫」

 開いた目が晴に向いた。

「もしかしたら、そろそろかなって思っていたんだ。けど、大丈夫。今の晴ならきっと、大丈夫だよ」

 白瞑の顔が強張っている。晴は、手紙を持つ白瞑の手を握った。

「僕、覚悟が何なのか、まだよくわかってない。でも、前よりずっと白瞑が好きで大切って思う。離れたくない。だから、頑張る」

 白瞑の腕が伸びて来て、晴を抱きしめた。

「晴……お願いだから、何があっても私を……」

 手紙が淡い光を灯した。その瞬間、白瞑が言葉を止めた。ただ温かな腕だけが、晴の体を囲うように抱きしめる。

「愛しているよ、晴」
「僕も大好き。白瞑を悲しませたり、しないからね」
「……うん」

 白瞑の声は弱々しくて、怯えているみたいだった。
 漠然とした不安が胸にジワリと広がる。
 この時の白瞑が、何を不安に思っているのか、晴にはわからなかった。