神世に来てから、気付けば一月が経っていた。
御厨守のお務めを本格的に再開してからは、忙しいながらも穏やかな日々を送っている。
「どうして白瞑がいるんだ」
氷魚が湯豆腐を食べながら、毒付いた。
「私の屋敷だからだね」
白瞑が呆れた風に返事する。
「晴だけいればいい。お前はどこかに行け」
お日様大豆の豆腐をふぅふぅしながら氷魚が、白瞑をねめつけた。
「お前の目は節穴か。エプロン姿の白瞑の美しさが、わからないのか」
まん丸お月様チーズケーキを頬張りながら、夜見が横やりを入れた。
「あれの何処が美しいんだ。審美眼気取りの月の神は、これだから」
氷魚が呆れた顔で笑った。
「年がら年中、雪塗れの屋敷に閉じこもっている冬の神には、白瞑の神秘性はレベルが高すぎるか」
ふん、と夜見が鼻を鳴らす。
「白瞑はただのズルで馬鹿だ。お前の目こそ、癒しの神に見てもらったらいいんじゃないのか」
「あの美しい姿を認識できない時点で、治療が必要なのはお前だ」
氷魚と夜見の言い合いが始まった。
頭を抱える白瞑の隣をすり抜けて、晴は二人に茶を出した。
「お待たせしました。氷魚様には、さっぱりミント煎茶。夜見様には星屑のミルクコーヒーです」
「ちょうど茶が欲しかったんだ。ありがとう、晴」
氷魚が晴の頭を撫でる。豪快なのに優しい手つきだ。
「星屑がパチパチと弾けて、美しいな」
夜見が飲む前に、じっくりと観察している。
「早く飲まないと、冷めるぞ」
「こんなに美しい飲み物、すぐに飲めるか」
氷魚に指摘されても、夜見がミルクコーヒーに見入っている。
「少し熱めに淹れたので、大丈夫ですよ。料理は見た目を楽しむものでもありますから」
「料理師的な審美眼は、備わっているようだな」
夜見が目を逸らして呟いた。
御厨守を続けるにあたり、神々にはお世話になったので、晴と白瞑は料理でお礼のもてなしをすることにした。既に麗良と立夏と照陽を招いた食事会をした。今日は氷魚と夜見、湫憂を招待している。
「晴、ごちそうさまです。私にもお茶をいただけますか?」
氷魚と夜見のすぐ後ろで食事をしていた湫憂が、晴に声をかけた。
「はい! 湫憂様には……」
「冷たい琥珀紅茶、ビックリレモンを浮かせて、どうぞ」
白瞑が紅茶を淹れて持ってきてくれた。
「ありがとう、白瞑」
「どういたしまして」
白瞑が晴に向かって微笑む。
「エプロンがすっかり板につきましたね、白瞑」
「私も晴に習ってね。少しずつ、できることが増えてきたよ」
白瞑が照れている。その顔が、可愛い。
「仲が良いようで、何よりです。麗良が望む通り、本当にお店が開けそうですね」
湫憂が、言い合いしながら食事する氷魚と夜見を眺める。
晴は白瞑と顔を見合わせた。晴はおずおずと口を開いた。
「僕は興味あるんですけど」
「お店を開いたら、パンクするほどお客さんが来るかもしれないよね」
「あぁ……そうですね」
白瞑の言葉を受けて、湫憂が考える顔をした。
「神世には食事を作る習慣がありません。晴の御饌は既に人気ですから、神々が殺到する状況は容易に想像できますね」
「でしょ。大きなお店が必要になっちゃう」
白瞑が苦笑いした。
「御饌は神聖なものだし、食事は楽しんで、ゆっくり食べて欲しいんです。だから、しばらくはお送りするのがいいかなって思ってます」
「なるほど。晴はよく考えていますね。君の食への想いには、頭が下がります」
湫憂に褒められて、晴の胸が熱くなった。
「それで、伴侶の合意を取りに行く日は決まりましたか?」
湫憂の問い掛けに、晴は言葉に迷った。そんな晴の肩に、白瞑が手を置いた。
「もう少し、今のままでいてみたいと思うんだ」
白瞑が、穏やかに答えた。肩に乗った白瞑の手に、晴は手を添えた。
白瞑が、晴に微笑みかけてくれた。大丈夫だといわれているみたいだ。
「……御厨守の合意を得たばかりですしね。しばらくは、いいでしょうが……」
湫憂が、琥珀紅茶を一口、含む。
「あまり長いと、お迎えが来ます。気を付けなさい」
肩に乗った白瞑の指が、ピクリと震えた。
「お迎え?」
「伴侶の許しを下す時の神は、神世の総てを感じ取る。神でも伴侶でも、眷属でもない晴の存在には気付いているはずです。時の神が晴をどう感じ取るかで、対応も変わります」
湫憂の表情は、明るいとは言えない。
「どう、感じ取るか?」
「異端、異物と感じるか、白瞑の伴侶と感じるか、或いはもっと別の何かか。それにより狸の処遇が変わるということだ」
首を傾げる晴に、夜見が教えてくれた。
「晴が異端なわけ、ないだろ。それと、晴を狸と呼ぶな。狸の獣人だ」
「異端の狸だ。間違っていないだろう」
氷魚と夜見がまた言い合いを始めた。
「二人とも、喧嘩するなら出禁にするよ」
白瞑が二人を諫めている。
「残念ながら、夜見の見立ては間違っていません。だからこそ、自分たちから先んじて紹介に行くほうが安全なんです」
「安全……」
湫憂の言い方は、行かないのが危険だといっているようだ。
「わかってる。長くこのままでとは、思っていないよ。晴も……前より準備ができているから」
白瞑が、晴の肩を抱き寄せた。
湫憂が晴を見詰める。戸惑いながら、晴は頷いた。
「それなら、良いのですが。私は二人が神世で末永く暮らせるよう、願いますよ」
湫憂が微笑んだ。
「ありがとう、湫憂」
優しい言葉をくれる湫憂に、白瞑と同じ返事ができない。
(覚悟って、どんなものなんだろう)
好きな気持ちも、白瞑を大事にしたい気持ちもある。けれど、白瞑と同じ覚悟があるか、わからない。
胸の奥に引っ掛かる小さなモヤモヤが、ずっと気になっていた。
御厨守のお務めを本格的に再開してからは、忙しいながらも穏やかな日々を送っている。
「どうして白瞑がいるんだ」
氷魚が湯豆腐を食べながら、毒付いた。
「私の屋敷だからだね」
白瞑が呆れた風に返事する。
「晴だけいればいい。お前はどこかに行け」
お日様大豆の豆腐をふぅふぅしながら氷魚が、白瞑をねめつけた。
「お前の目は節穴か。エプロン姿の白瞑の美しさが、わからないのか」
まん丸お月様チーズケーキを頬張りながら、夜見が横やりを入れた。
「あれの何処が美しいんだ。審美眼気取りの月の神は、これだから」
氷魚が呆れた顔で笑った。
「年がら年中、雪塗れの屋敷に閉じこもっている冬の神には、白瞑の神秘性はレベルが高すぎるか」
ふん、と夜見が鼻を鳴らす。
「白瞑はただのズルで馬鹿だ。お前の目こそ、癒しの神に見てもらったらいいんじゃないのか」
「あの美しい姿を認識できない時点で、治療が必要なのはお前だ」
氷魚と夜見の言い合いが始まった。
頭を抱える白瞑の隣をすり抜けて、晴は二人に茶を出した。
「お待たせしました。氷魚様には、さっぱりミント煎茶。夜見様には星屑のミルクコーヒーです」
「ちょうど茶が欲しかったんだ。ありがとう、晴」
氷魚が晴の頭を撫でる。豪快なのに優しい手つきだ。
「星屑がパチパチと弾けて、美しいな」
夜見が飲む前に、じっくりと観察している。
「早く飲まないと、冷めるぞ」
「こんなに美しい飲み物、すぐに飲めるか」
氷魚に指摘されても、夜見がミルクコーヒーに見入っている。
「少し熱めに淹れたので、大丈夫ですよ。料理は見た目を楽しむものでもありますから」
「料理師的な審美眼は、備わっているようだな」
夜見が目を逸らして呟いた。
御厨守を続けるにあたり、神々にはお世話になったので、晴と白瞑は料理でお礼のもてなしをすることにした。既に麗良と立夏と照陽を招いた食事会をした。今日は氷魚と夜見、湫憂を招待している。
「晴、ごちそうさまです。私にもお茶をいただけますか?」
氷魚と夜見のすぐ後ろで食事をしていた湫憂が、晴に声をかけた。
「はい! 湫憂様には……」
「冷たい琥珀紅茶、ビックリレモンを浮かせて、どうぞ」
白瞑が紅茶を淹れて持ってきてくれた。
「ありがとう、白瞑」
「どういたしまして」
白瞑が晴に向かって微笑む。
「エプロンがすっかり板につきましたね、白瞑」
「私も晴に習ってね。少しずつ、できることが増えてきたよ」
白瞑が照れている。その顔が、可愛い。
「仲が良いようで、何よりです。麗良が望む通り、本当にお店が開けそうですね」
湫憂が、言い合いしながら食事する氷魚と夜見を眺める。
晴は白瞑と顔を見合わせた。晴はおずおずと口を開いた。
「僕は興味あるんですけど」
「お店を開いたら、パンクするほどお客さんが来るかもしれないよね」
「あぁ……そうですね」
白瞑の言葉を受けて、湫憂が考える顔をした。
「神世には食事を作る習慣がありません。晴の御饌は既に人気ですから、神々が殺到する状況は容易に想像できますね」
「でしょ。大きなお店が必要になっちゃう」
白瞑が苦笑いした。
「御饌は神聖なものだし、食事は楽しんで、ゆっくり食べて欲しいんです。だから、しばらくはお送りするのがいいかなって思ってます」
「なるほど。晴はよく考えていますね。君の食への想いには、頭が下がります」
湫憂に褒められて、晴の胸が熱くなった。
「それで、伴侶の合意を取りに行く日は決まりましたか?」
湫憂の問い掛けに、晴は言葉に迷った。そんな晴の肩に、白瞑が手を置いた。
「もう少し、今のままでいてみたいと思うんだ」
白瞑が、穏やかに答えた。肩に乗った白瞑の手に、晴は手を添えた。
白瞑が、晴に微笑みかけてくれた。大丈夫だといわれているみたいだ。
「……御厨守の合意を得たばかりですしね。しばらくは、いいでしょうが……」
湫憂が、琥珀紅茶を一口、含む。
「あまり長いと、お迎えが来ます。気を付けなさい」
肩に乗った白瞑の指が、ピクリと震えた。
「お迎え?」
「伴侶の許しを下す時の神は、神世の総てを感じ取る。神でも伴侶でも、眷属でもない晴の存在には気付いているはずです。時の神が晴をどう感じ取るかで、対応も変わります」
湫憂の表情は、明るいとは言えない。
「どう、感じ取るか?」
「異端、異物と感じるか、白瞑の伴侶と感じるか、或いはもっと別の何かか。それにより狸の処遇が変わるということだ」
首を傾げる晴に、夜見が教えてくれた。
「晴が異端なわけ、ないだろ。それと、晴を狸と呼ぶな。狸の獣人だ」
「異端の狸だ。間違っていないだろう」
氷魚と夜見がまた言い合いを始めた。
「二人とも、喧嘩するなら出禁にするよ」
白瞑が二人を諫めている。
「残念ながら、夜見の見立ては間違っていません。だからこそ、自分たちから先んじて紹介に行くほうが安全なんです」
「安全……」
湫憂の言い方は、行かないのが危険だといっているようだ。
「わかってる。長くこのままでとは、思っていないよ。晴も……前より準備ができているから」
白瞑が、晴の肩を抱き寄せた。
湫憂が晴を見詰める。戸惑いながら、晴は頷いた。
「それなら、良いのですが。私は二人が神世で末永く暮らせるよう、願いますよ」
湫憂が微笑んだ。
「ありがとう、湫憂」
優しい言葉をくれる湫憂に、白瞑と同じ返事ができない。
(覚悟って、どんなものなんだろう)
好きな気持ちも、白瞑を大事にしたい気持ちもある。けれど、白瞑と同じ覚悟があるか、わからない。
胸の奥に引っ掛かる小さなモヤモヤが、ずっと気になっていた。



