神々の食卓――御厨守をしていたら神様に求婚されました

 屋敷の中に入ると、玄関に雪兎がいた。

「うわぁ、可愛いね」

 手を近付けたら、雪兎がぴょんと跳ねた。ぴょんぴょんしながら、屋敷の奥に入っていく。

「案内してくれてるね。付いていこうか」

 白瞑が履物を脱いで家に上がった。
 晴も倣って付いていく。

「あの子は氷魚様の眷属?」

 白瞑の屋敷にもリスの眷属がいて、面倒を見てくれる。

「そう。氷魚は雪や氷と仲良しなんだ」
「冬の神様だから?」
「うーん、そうだね。属性に縛りがない神も多いけど、氷魚はこだわりが強いから。性格的なものかな」

 白瞑がいつも通りに話している。

(来る前よりは、白瞑が柔らかい……かもしれない)

 そこまでの拒絶感はない気がした。
 雪兎が、一番奥の部屋に案内した。襖を開けると、中に炬燵があった。
 促されて中に入る。ペコリと頭を下げて、雪兎が廊下を跳ねていった。

「座ろうか」

 コートを脱いで炬燵に座る。脱いだコートがひとりでにハンガーにかかった。その様を、晴は感心して眺めた。

「ぬくぬくするね」

 外が寒かったので、炬燵が有難い。

「そういえば、氷魚様のお屋敷は師匠の家に似てるかも」

 師匠の家は、日ノ本という異界風に作られていた。
 生活し慣れた家が懐かしかったのだそうだ。

「中津公国は異界から人を呼ぶ文化が古くからある国だからね。特に日ノ本からくる異界人が多いんだ。だから、自然と文化も似てくる。神世も真似ている部分はあるよ」
「そうなんだ。面白いね」

 炬燵の上に、いつの間にかお茶が準備されていた。

「これ、師匠が日本茶とか緑茶って呼んでいたお茶だよ。懐かしい……いただきます」

 温かいお茶を飲んだら、体の中から温まった。

「晴は、中津公国のどの辺りに住んでいたの?」
「僕は春待国。海があってね、狭間からも近かったよ」
「春待か、獣人が多い国だね」
「うん。料理も盛んでね、お店も多いんだよ」

 中津公国は小さな国が寄り集まって一つの大きな国を作っている。小国ごとに文化が大きく違う。

「だから、晴は優秀な料理人なんだね」
「えへへ。優秀かはわかないけど。お料理は大好きだよ」

 お茶に続いて、煎餅が現れた。晴の気持ちが高揚した。

「これ、お煎餅だ! おかきもある。うわぁ、嬉しいな」
「晴は、おかきやお煎餅が好きなの?」
「何でも好きだけど、師匠が焼いてくれるお煎餅、好きだったんだ」

 煎餅を一枚とって、頬張る。ばりん、と小気味いい音がした。

「んー……美味しい」
「晴の美味しそうな顔、いいね。知らなかった晴もいっぱい知れて、嬉しいな」
「そういえば、話してなかったかも」

 自分のことを話す機会が、これまでにあまりなかったかもしれない。

「……そんなことも知らないのか」

 ぼそりと、知らない声が聞こえた。

「そんなことも知らないのに、伴侶になろうなどと……」

 声が聞こえた方向に、白瞑が目を向けた。

「おもてなししてくれるのは、嬉しいけどさ。いい加減、出てきなよ」

 げんなりした声で白瞑が苦言を呈する。
 襖が少しだけ開いて、目が部屋の中を覗いた。驚いて、晴の肩がビクリと跳ねた。

「お前をもてなしたんじゃない。晴をもてなしたんだ。お前は煎餅を食べるな」
「お茶は出してくれたじゃない」
「茶だけ飲んでいろ」

 目しか見えないのに、圧が凄い。

「その晴が氷魚のために御饌を準備してきたんだよ。早く部屋に入りなよ」

 襖が、がたりと揺れた。

「白瞑と一緒に作りました。氷魚様に食べて欲しいです」

 晴は身を乗り出した。

「あー……晴。一緒に、は逆効果かも」
「え?」
「今……氷魚様と、呼んだ」

 襖がガタガタと揺れた。

「晴が、氷魚様と呼んでくれた。まだ自己紹介していないのに、俺の名前を知っている……!」

 襖が激しく揺れる。

(怒っているのかな。どうしよう)

 反応の意味が解らなくて、晴は白瞑に寄った。

「晴が怯えているよ。それ以上、続けると嫌われるかもよ」

 白瞑が呆れたように言い捨てる。瞬間、スパンと襖が開いた。

「嫌われるなんて、どうしてお前が言えるんだ! そもそも、晴のことを俺より知らないお前が、どうして伴侶なんだ。短冊を落とす振りをして自分が常世に落ちるなんて姑息な真似をして、恥ずかしくないのか!」

 真っ白い髪と着物姿の、線の細い男性が、凄い勢いで白瞑に食って掛かった。

(白い髪に緑色の瞳……綺麗だな)

 氷魚の美しい姿に一瞬、目を奪われた。

「常世に落ちるには神力を根こそぎ失うリスクだってあるんだ。私なりに命懸けで会いに行ったんだ」
「それが禁忌だというんだ。神は神世から出られない。ルールをあっさり無視したズルが! しれっと戻ってきおって」

 言い合いが始まった。止めるに止められなくて、晴はオロオロするばかりだ。

「湫憂に散々、叱られたよ。それでも私は晴と伴侶になりたかったんだ」
「俺だって晴と伴侶になりたかった!」

 白瞑と氷魚が、ゼィハァと息を切らしている。

(え……? 冬の神様が、僕と?)

 突然のカミングアウトに脳が付いていかない。
 白瞑が、じっとりと氷魚をねめつけた。

「やっぱり、本音はそこだったんだね。急に疎遠になったのも、そのせい?」
「恋敵と仲良くなど、できるか」

 氷魚の目が晴に向いた。晴はビクリと肩を震わせた。

「晴、今からでも遅くない。俺を選べ。晴が望む生活をさせてやる」

 氷魚が晴の手を握る。その手を、白瞑が奪い返した。

「望む生活なら、もう与えている。晴が選ぶのは、私だよ」

 氷魚が晴の片手を握った。

「お前には聞いていない。晴の気持ちを聞いている」
「晴はもう、半分以上、答えを出している」

 白瞑と氷魚それぞれに手を握られて、動けなくなった。

「決め兼ねているから、伴侶にならんのだろう。お前に決定打がないからだ」
「氷魚なんか、今日会ったばかりだろう。急に選べなんて、横暴だよ」

 晴を挟んで言い合いがエスカレートしている。
 晴は思い切って割って入った。

「あの……」
「夕暮の神だからって、引きこもりで付き合いの悪い神など、魅力なんかあるものか」
「引きこもりでも、付き合い悪くもないよ。お務め上、そう見えるだけだから」

 晴の声は全然届かない。負けじとまた声をかける。

「あの、二人とも……」
「それを言うなら、氷魚のほうがよっぽど付き合い悪いよ。気に入らないと、すぐブリザードで屋敷を隠す。面倒くさい」
「それこそ、お務めだろう。俺は冬の神だぞ」

 これはもう、キリがない。

(文句を言い合っているけど、お互いのこと、良く知っているんだ)

 それはつまり、仲良しなんだろうと思う。晴は大きく息を吸い込んだ。

「あの!」

 言い合いしていた二人の目が、晴に向いた。

「喧嘩はダメです。これ以上、お互いの悪口は禁止です!」

 はっきりきっぱり言い切って、ふんと鼻を鳴らした。

「これから三人で一緒に、御饌のお鍋を食べましょう」

 仁王立ちした晴を、白瞑と氷魚が見上げる。

「御饌……そうだったね」
「お鍋……晴が作った鍋か」
「いいですか?」

 二人が同時に頷いた。大変、息が合っている。

「一緒にお鍋を食べたら、きっとまた仲良くなれます」

 晴は、ニコリと微笑んだ。