神々の食卓――御厨守をしていたら神様に求婚されました

 冬の神の屋敷に赴く日。晴は散々、着込まされていた。

「今の氷魚は荒れているだろうから、冬の間は絶対に寒い。いっぱい着込んでいかないと」

 フード付きのコート、マフラーに手袋。厚手のボアが付いたブーツまで履くと、秋の間では熱い。

「あ、このフード、耳が付いてる。可愛いね」

 鏡を見た晴の気持ちが上がった。コートのフードに丸い耳が付いている。

「晴の耳みたいで、可愛いでしょ」

 白瞑が晴にフードを被せて、紐をきゅっと結ぶ。

「よし、じゃぁ、行こうか」

 気合を入れて、白瞑が晴の手を握った。

「白瞑は厚着しないの?」

 白瞑はいつもの着物姿だ。寒くないのだろうか。

「私は神力で保護できるからね。晴は……まだ伴侶じゃないから、そこまで私の神力が至らないんだ」
「そうなんだね」

 伴侶ではない晴は、神世では常世と同じように只の獣人だ。

(心配や迷惑、いっぱいかけちゃうな。僕の中の足りないもの、早く見つけたい)

 今の晴にはまだ、自分に足りないものがわからない。早く白瞑が望む伴侶になりたい。
 焦る気持ちを胸に仕舞って、晴は白瞑の手を握り返した。

「忘れ物、ない?」
「うん。御饌と魔動コンロは、白瞑が持ってくれてるよね」

 晴のリュックには、簡易の料理道具が入っている。

「僕の荷物も大丈夫」

 リュックを白瞑に見えせる。白瞑の目が、笑んだ。

「いつもと違う装いの晴が可愛い。これが、ただのお出掛けだったら良かったのに。いっそ行くの、やめようかな」
「え! ダメだよ。行かなくちゃ」
「冗談だよ。大丈夫」

 本当に大丈夫か不安になる。白瞑が晴の手を握り直した。

「それじゃ、行こうか」
「うん」

 ふわり、と茜色の神力がヴェールになって二人を包んだ。神力が眩しくて、晴は思わず目を瞑った。夕焼けのように優しく温かな神力が、晴を包んだ。


 目を開けた瞬間、吹雪だった。周囲が真っ白で、何も見えない。
 さっきまでの温もりが、一吹きの風で全部剥がれていった。

「さ、寒い……」

 ガタガタ震える晴を、白瞑が包んだ。

「私の近くにいて、晴。寒さを遮れる」
「本当だ。白瞑に触れていると、寒くない」

 さっきまで包んでくれていた温かさだ。白瞑の神力を感じた。

「ここが、冬の間なの?」

 白瞑に掴まって周囲を見回す。真っ白で何も見えないから、何もわからない。

「目の前に氷魚の屋敷があるんだけどね。まさか、ここまで荒れているとは」

 白瞑が険しい顔をした。

「おーい、氷魚! 白瞑が来た。吹雪を解いてくれ!」

 白瞑が大きな声で叫んだ。瞬間、吹雪がもっと激しくなった。もはやブリザードだ。

「うわっ!」

 飛ばされそうになった晴を、白瞑が掴まえて抱えた。

「大丈夫?」
「ありがとう、白瞑」

 晴を抱えたまま、白瞑がブリザードの向こうを見据えた。

「仕方がない。晴、氷魚に呼び掛けてもらえる?」
「僕が? 会ったこともないのに、大丈夫かな」
「御厨守は神世の皆が知っている。何より、晴なら大丈夫だよ」

 晴の胸が、トクンと跳ねた。

(僕なら大丈夫って、白瞑が言ってくれた)

 白瞑からの期待は、嬉しい。

「わかった。声掛けてみるね」

 晴は大きく息を吸い込んだ。

「冬の神様! 御厨守の晴です。御饌を持ってきました。僕たちと会ってください!」

 力いっぱい叫ぶ。
 ブリザードが、ぴたりと止まった。真っ白だった景色が、色を帯び始める。目の前に、大きな屋敷が現れた。

「吹雪が止んだ」
「さすが、晴だね。それにしても、正直だなぁ」

 白瞑が、微妙な顔をしている。

「えっと、ダメだった?」

 少しだけ不安になって、白瞑を見上げた。

「いいや、ダメじゃないよ。晴は偉い。偉くないのは、氷魚のほう」

 屋敷の門扉が開く。続いて、玄関が開いた。

「誰もいないのに、開いた」

 吹雪は止んだものの、屋敷は人気がなく閑散としている。

「入っていいってさ。行こう」

 抱えていた春の体を、白瞑が降ろす。しっかりと春の手を握った。

「うん、行こう。氷魚様に美味しい御饌、食べてもらおう」

 晴は白瞑の手を握り直して、屋敷の中に向かった。