神々の食卓――御厨守をしていたら神様に求婚されました

 湫憂の報せ通り、三日後に春の神が来た。予定通りでなかったのは、夏の神が一緒に来たことだ。

「わぁ! 会いたかったぁ、晴ちゃん!」

 出会い頭に女性の神様に抱き付かれた。

「は、初めまして……きゅぅ」

 ぎゅっとされて、喉から息が漏れた。

「:麗良(うらら)、やめて」

 白瞑が、晴から女性の神を引き離した。

「そうだぜ、麗良。出会い頭は良くねぇよ。晴が驚くだろ。なぁ?」

 もう一人の女性の神に同意を求められた。何とも言い難い。

「まずは自己紹介してあげて欲しいかな」

 白瞑が苦々しくお願いした。二人の神が、顔を見合わせた。

「それも、そうだね。僕は春の神、麗良だよ。よろしくね」

 麗良が片目を瞑って、ニコリと笑む。小柄で可愛い感じの神様だ。年の頃も晴と同じに見える。

「俺は夏の神、:立夏(りっか)だ。いつも美味い甘味や飯、ありがとうな」

 豪快な話し方の夏の神は、背が高くて足が長い。格好良い女の人といった印象だ。見た目の年齢は白瞑と同じくらいだろうか。

「初めまして、晴です。こちらこそ、いつもありがとうございます」

 晴は、ぺこりと頭を下げた。

「晴ちゃん、可愛い。狸のぬいぐるみみたい~!」

 抱き付こうとした麗良を、白瞑が阻止した。

「必死だなぁ、白瞑」

 晴を引き寄せる白瞑の姿を眺めて、立夏がカラカラ笑う。白瞑がバツの悪そうな顔で、そっぽを向いた。

「心配しなくても取ったりしないのに~。僕には伴侶がいるんだからさ」

 えっへん、と声が聴こえそうな勢いで、麗良が胸を張った。

「麗良様には、伴侶がいらっしゃるのですね。人……ですか?」
「僕の伴侶は花の神。とっても可愛らしい女の神様だよ」

 麗良が嬉しそうに語る。

「だから、いつもお二人一緒に蜜菓子の短冊を降ろされていたんですね」

 晴は、ぽんと手を叩いた。

「そうそう、二人でよくお茶会するんだ。晴ちゃん、すごい! よく覚えているね」
「神様たちのお好みは、大体覚えています」
「へぇ、そいつは感心だ。あの湫憂が褒めるだけあるなぁ」

 立夏が本気で感心している。

(湫憂様、褒めてくれたんだ。すごく嬉しい)

 御厨守のお務めを褒めてもらえるのは、晴にとって特別だ。

「僕も花の神も、晴ちゃんの蜜菓子が大好きだよ。今度、一緒に食べよう。三人で並んだら、きっとすごく可愛いよ」

 麗良が晴の手を握る。晴は苦笑した。

「僕は男の子だから。お二人の邪魔しちゃいます」

 麗良が立夏と白瞑と顔を見合わせた。

「僕、男の神だよ」
「え……えぇ!」

 晴は素で驚いた。着ている着物も可愛いし、ミニスカートのようだしフリルだし、てっきり女の神様だと思っていた。

「ごめんなさい、思い込んじゃいました。えっと、立夏様は……」
「俺は女だよ」
「そうですか」

 晴は、ほっと胸を撫で下ろした。

「麗良と立夏に御饌を作ったんだよね。出してあげたら?」

 さりげなく白瞑に促されて、晴の耳がピンと立った。

「そうでした。お持ちしますね」

 晴は、そそくさと台所に入った。

(今日は、白瞑のお屋敷で御饌を作る許可をもらうための会合なんだから。しっかりしなくちゃ)

 この御饌も、プレゼンの内だ。気に入ってもらえれば合意をもらいやすくなるという白瞑の提案だ。

「しっかり、しっかり」

 自分の頬をペチペチ叩いて、晴は御饌を準備した。

「お待たせしました。麗良様には七色レンゲの蜜をかけた、もっちりパンケーキです」

 麗良が目を輝かせた。

「うわぁ! 美味しそうだね」
「いつもは和菓子が多いので、どら焼きみたいに間に餡子も挟んでみました」

 麗良の目が更にキラキラと輝く。

「凝ってるなぁ」

 麗良の皿を覗き込む立夏の前にも、皿を置く。

「立夏様はいつも、さっぱりした涼菓のご注文が多いので、今日はゼリーを作ってみました。海の波三色ゼリー、シュワシュワ泡添えです」

 白、水色、青のゼリーが瑞々しくプルンと揺れる。添えた泡がしゅわりと音を立てた。
 立夏が自分の皿を覗き込む。

「海の泡だな。もうシュワシュワしてる。美味そうだ」

 立夏が微笑んでくれた。

「飲み物は青空ソーダに氷木苺と氷結ベリーを入れました」

 麗良が待ちきれないといった具合に、フォークとナイフを持った。

「早速、いただいちゃいまーす」
「俺もいただくよ」

 二人が同時にパクリとする。同じように顔をほころばせた。

「美味しい~。晴ちゃんの御饌は最高」
「歴代の御厨守の中でも、ダントツで美味いな」

 立夏の言葉に、晴の胸が震えた。

「そんな風に言っていただけると、凄く……嬉しいです」

 胸の前に手を添えて、言葉を噛み締める。
 晴の姿を眺めていた麗良と立夏の顔が、白瞑に向いた。

「白瞑が心配になる気持ち、少しわかったな」
「僕もだよ」

 二人の言葉を受けて、白瞑が苦い顔をした。

「わかってもらえて……複雑だよ」

 晴は、白瞑の前に青空ソーダを出した。

「白瞑もこれを飲んで、元気出して」

 最近の白瞑は苦い顔をすることが多いので、心配だ。

「ありがとう、晴。嬉しいけど、複雑だよ」

 青空ソーダを飲む白瞑は、昨日ほど苦い顔ではない。晴は少しだけ安心した。

「でもさぁ、晴ちゃんが白瞑の屋敷で御饌を作ってくれるなら、こんな風に食べにも来られるってことだよね」
「え? 来るの? 送るよ?」

 白瞑の顔が強張る。

「嫌そうな顔すんなよ、白瞑。お前は神々と交流が少なすぎるんだよ」
「皆が多すぎるんだよ。そういうのは、最低限でいい」

 立夏の指摘に、白瞑が顔を逸らした。

「本当に、そういうところが氷魚に似てるっていうか……おっと、これは今、禁句だねぇ」

 麗良が自分の口を手で覆う。白瞑の顔が一際、険しくなった。

(昨日みたいな難しい顔だ。氷魚って神様が苦手なのかな)

 白瞑の横顔を眺める。晴の視線に気が付いたのか、白瞑が表情を変えた。

「それより、晴がこの屋敷で御厨守のお務めをするのに、合意はもらえる?」

 急かすような白瞑の問い掛けに、立夏が苦笑した。

「俺と麗良は、最初から賛成だぜ」
「むしろ、神世にお店を開いてほしいよ~。カフェレストラン御厨、みたいな?」

 麗良の提案に、晴の耳がピクリと立った。

「お店、やってみたい」

 思わず口走って、晴は自分の口を抑えた。

「勝手なこと、言っちゃった。ごめん」

 ここは白瞑の屋敷だ。晴の希望ばかり押し付けられない。

(立夏様のお話だと、人が多く出入りするの、白瞑は好きじゃなさそうだよね)

 白瞑が顎に手を添えて、考える顔をした。

「お店かぁ。晴は興味あるの?」
「うん……ちょっと、ある」

 白瞑や湫憂、麗良や立夏に実際に御饌を出して思った。目の前で自分が作ったものを食べて、喜んでもらえるのは、とても嬉しい。

「行く行くは、考えてもいいかもね」
「え! いいの?」
「晴が興味あるなら、敷地内にお店を作ってもいいよ」

 驚きすぎて、言葉が出なかった。あまりにあっさり白瞑から許可が出た。

「それはアリだよな。晴が白瞑の伴侶になれば、保食の神になれるかもしれない」
「うけもちの……神? 僕が、ですか?」

 更に驚き情報が立夏の口から飛び出した。晴の心臓が、驚きでバクバクしている。

「素質がある子が神の伴侶になると、神になれる場合があるんだよ。晴ちゃんの御饌は特別だし、可能性ありそうだよね」

 麗良がパンケーキを頬張りながら教えてくれた。

「白瞑との相性もよさそうだしな。引きこもりの神嫌いが俺たちを招いてもてなしてくれるくらいだし」

 立夏が揶揄うように、ニシシと笑う。

「神嫌いじゃない。引きこもりでもないよ」

 白瞑が間髪入れずに反論した。

(何となく、立夏様と白瞑は気心が知れていそう。仲良しなのかな)

 晴の胸が、チクンと痛んだ。

「晴が神様になれる可能性は、私もあると思う。だからこそ余計に、慎重に決めてほしいんだよ」
「そう、なんだね」

 伴侶を勢いで決めてはいけないと、白瞑は何度も晴に伝えてくれている。

(だから白瞑はよく考えてって言うんだ。僕が神様なんて、考えられないや)

 スケールが違い過ぎて自分事な気がしない。

「別にいいじゃん、勢いで。今すぐ伴侶にしちゃえばいいのに」

 麗良が、あっけらかんと言ってのける。

「そういうやり方は、晴を軽んじているようで嫌なんだ」

 白瞑が、ぴしゃりと否定した。

「頑固だなぁ、白瞑」

 立夏が苦笑する。湫憂も同じように言っていた。

(白瞑は頑固者)

 晴はあまり感じない。だが、言われてみれば、わかる気はする。

「まぁ、二人のペースで決めればいいさ。御厨守の合意が揃えば、時間はできるんだ」

 立夏が、ニコリと笑ってくれた。

「合意を揃えるのが、大変だけどね」

 白瞑の顔がまた険しくなった。晴は白瞑の傍に青空ソーダを置いた。

「そうだねぇ。前途多難では、あるかもね」

 麗良が立夏を振り返った。

「実は、日の神と月の神が来る日が遅れそうって話でさ」

 立夏が気まずそうに切り出した。

「遅れそうって、どうして?」

 白瞑が問い掛けても、二人は顔を合わせるばかりだ。

「察してやれって、白瞑」

 立夏にそう言われて、白瞑が黙った。

「晴ちゃん、気にしなくていいからね~。晴ちゃんが悪い話じゃないから」
「はぁ」

 麗良が気を遣ってくれたようだ。

「けどまぁ、詳しい話は時期が来たら聞くのが良いと思うなぁ」

 大変含みのある麗良の言葉に、晴の中にモヤモヤが広がった。

「大した話じゃないよ。晴、気にすんなよ」

 立夏にまで慰めるような言い方をされて、モヤモヤがもっと広がる。
 聞き返す言葉も見つからなくて、晴は空色ソーダを啜った。どんなに飲んでも、モヤモヤは消えてくれなかった。