神々の食卓――御厨守をしていたら神様に求婚されました

 次の日、湫憂が訪ねてきた。
 供え終わった御饌の短冊を眺めて、湫憂が唖然としていた。

「この数をたった一人で、しかも一日で作ったのですか?」
「一人じゃないですよ。白瞑が手伝ってくれました」

 晴は白瞑と顔を合わせた。二人で笑い合う。

「これは、参りましたね。正直、無理だろうと思っていました。しかも、二人でやり遂げるとは」

 晴は準備していた御饌を出した。

「湫憂様にも、御饌を準備しました。ピヨピヨ豆のクリーム煮です。良かったら召し上がってください」

 湫憂が薄い目を見開いた。

「私は短冊を出していませんよ」
「けど、前回の御饌から十日以上経っていますよね。神力が弱っちゃうんじゃないかと思って」

 秋の神の御饌を作ったのはかなり前だ。十日どころか二十日以上、経っている。

「神々の御饌の注文を、覚えているのですか? それに私の好む御饌まで」
「短冊を保管していました。それで、大体の好みを把握しています。いつくらいに短冊が降ってきたかも、覚えています」

 湫憂が口を開けて呆けた。

「君は、優秀な御厨守ですね」

 晴の胸が、トクンと高鳴った。こんな風に褒められるのは、白瞑以外では初めてだ。

「あ、ありがとうございます」

 照れた心持で、ぺこりと頭を下げた。湫憂が、小さく笑んだ。

「折角の好意です。有難くいただきます」

 湫憂がスープを匙で掬うと、一口頬張った。

「……うん、君の御饌は優しい味がします。本当に美味しいです」

 湫憂が感嘆を滲ませる。
 晴の胸に嬉しさが込み上げた。耳がピンと立って、尻尾がフルフル揺れる。

「喜んでいただけて、嬉しいです! ありがとうございます」

 嬉しくて、思わず隣にいる白瞑の手を握った。白瞑も微笑んでくれた。

「君たちは仲良しですね。まるで伴侶のようなのだから、なってしまえばいいのに」

 湫憂が、ちらりと白瞑を眺める。

「何より晴が大切だから、今じゃないんだよ」

 白瞑が当然のように言いきる。

「柔軟に見えて頑固者ですね、白瞑は」

 呆れたように、湫憂が零した。

「あ、あの……湫憂様。実は、お願いがあります。僕に神世で御厨守を続けさせてください!」

 額がテーブルにつく勢いで、晴は頭を下げた。

「私からもお願いするよ」

 白瞑も一緒に頭を下げる。

「よしてください、頭を上げて。そう言い出すだろうと思っていました」

「……え?」

 晴と白瞑は同時に頭を上げた。

「あれだけの短冊を一日で作るくらいです。晴は御厨守のお務めが好きなのでしょう?」
「はい、大好きです」

 晴はしっかりと頷いた。

「今の時点で白瞑の伴侶にならないのなら、妥当な判断でしょう。このままでは新しい御厨守は送られてきません。晴もいつ神世を出されるか、わかりませんからね」
「僕、出されちゃうんですか?」

 不安な気持ちで問い掛ける。

「そんなことには、ならないよ」

 白瞑が間髪入れずに返事した。

「絶対とは言えません。伴侶候補として神世に入れるのは、伴侶になると決まっている者だけです。本来なら伴侶候補という立場で神世にいられる期間は、とても短いのですよ」
「そうなんですね」

 湫憂の言葉に説得力があり過ぎて、不安になる。

「けれど、晴が私の屋敷で御饌を作れば、問題ないだろう。御厨守も続けられるし、役割にもなる」
「役割?」

 白瞑の言葉に、晴は首を傾げた。

「神世では、どの神も眷属も役割を持ち、お務めを果たします。晴が御厨守をするのであれば、役割を果たすことにはなりますね」
「つまり、伴侶候補でも追い出されないってことだよ」

 湫憂の説明に、白瞑が補足してくれて、理解できた。

「ギリギリのこじ付けですけどね」

 湫憂の一言が、胸にざっくりと刺さる。

「それに、私の一存では決められませんよ。四季の神と日の神、月の神が満場一致で合意しなければいけません」
「それは、わかっている。湫憂は合意してくれるだろう?」

 白瞑が前のめりに問いただす。難しい顔をしていた湫憂が、息を吐いた。

「昨日、無理を強いたのは私ですから。私は合意しましょう。他の神の合意は、自分たちで説得して取りなさい」

 晴の気持ちが、ぱっと明るくなった。

「はい! 頑張ります」
「ありがとう、湫憂」

 明るい表情で礼を言う白瞑とは裏腹に、湫憂は憂い顔だ。

「今の立場の晴を、他の四季の間に出すわけにもいきません。それぞれの神に、白瞑の屋敷に来訪してもらいましょう」

 隣の白瞑の顔が険しくなった。

「勿論、冬の神にも来てもらいますよ。いいですね、白瞑」
「……わかっているよ」

 白瞑の声が、やけに小さい。

(そういえば、昨日の短冊も、白瞑は隠していたような)

 気になる書き方だった冬の神の短冊を、他の神の短冊に紛れ込ませていたように見えた。

(冬の神様と、何かあるのかな)

 気になって、晴は白瞑の袖を引いた。

「大丈夫だよ、ごめんね」

 白瞑が微笑む。その笑みが、いつもより陰って見えた。

「詳細な日程については後日、報せを飛ばします。晴が神世で御厨守を続ける正式な合意を得るまでの間は、ここで御饌を作ってください」
「いいんですか?」

 晴は身を乗り出した。

「止められないお務めです。合議の間だけは、秋の神の権限で許します。ただし、長い期間は持ちませんよ。ひと月の間で、神々の合意を得なさい」

 湫憂の視線は白瞑に向いていた。

「わかった。助かるよ。ありがとう、湫憂」

 白瞑の顔を眺めて、湫憂が息を吐いた。

「本当に困った子ですよ、お前は」

 湫憂が苦笑する。最後の一匙を啜って、スープの皿を置いた。

「御馳走さまです、晴」
「お粗末さまでした」

 晴はぺこりと頭を下げた。

「君の御饌は、元気が出ますね。今までにない、特別な御饌です」
「そうなんですか?」

 自分では、よくわからない。御厨守は一人で仕事をする。入れ違いの赴任なので、比べようもない。

(でも、確かに今までの御饌って、あまり凝った料理は供えていなかった)

 狭間で読んでいた御厨守の本を思い出した。

「皆も、そう感じています。晴のファンは沢山いますよ。気を付けてくださいね」
「はぁ……気を付ける?」

 湫憂の言葉の意味が解らなくて、晴は首を傾げた。

「湫憂、あまり晴を脅さないで」
「私から言えるのは、この程度ですよ。お前も気を付けなさい、白瞑」
「わかってる。充分、気を付けるよ」

 そう言った白瞑の顔は、険しかった。

「特別……」

 空になったスープ皿を見詰めて、晴はその言葉を繰り返した。