神々の食卓――御厨守をしていたら神様に求婚されました

 着替えて準備をすると、白瞑が屋敷の中を案内してくれた。

「この廊下の奥に風呂があるよ。晴の部屋を出て、一番近いのは中庭に続く縁側かな」

 案内してもらった縁側は、とても広かった。

(僕が五人くらい横になって、ゴロゴロ転がったりできちゃいそう)

「私は夕暮の神だからね。空を見るのがお務めだ。昼と夜のあわい、夕暮れは黄昏や逢魔ヶ時ともいうだろう。魔性の者が湧きやすい刻限でもあるんだ。それらを取り除くのも、お務めの内だよ」

 夕暮の神のお努めを初めて知った。

「この縁側で、空を見るの?」
「そう。いつも一人で見上げているよ」

 白瞑が空を見上げた。その横顔を眺める。

(白瞑も、一人だったんだ。僕と、同じ)

 ぎゅっと、胸の奥が苦しくなった。白瞑の手を握る。
 気付いた白瞑が微笑んで握り返してくれた。

「台所もあるんだけど、見てみるかい?」
「あるの? 見たい!」

 狸の耳と尻尾がピンと立った。台所は、とても楽しみだ。

「晴のために新調したんだ。使いづらければ作り変えるから、教えて」

 白瞑が見せてくれた台所は、かなり立派だった。

「御厨より新しくて、広い」

 代々、使い継がれている御厨は、全体的に古い。竈に火を起こして焼き物や煮物を作るし、米を炊く。

「炊飯器がある」

 思わず触れて確かめた。

「そういえば、御厨は竈だったね。炊飯器、使ったことない?」
「師匠の所は、魔法動力の炊飯器だったよ」

 形が似ているから、懐かしい。

「神世だと、この手の動力は全部、神力なんだけどね。この屋敷の中なら、私の神力が満ちているから、いつでも使えるよ」
「そうなんだね」

 ワクワクする反面、ちょっとだけ竈が懐かしい。

(竈だとお米が立つし、おこげが作れたりして美味しいんだよね)

 御厨守になったばかりの頃は、竈の扱いに慣れなくて戸惑った。あの頃を思い出して苦笑する。晴の顔を白瞑が覗きこんだ。

「竈のほうがいい?」
「え! えっと……炊飯器も懐かしいんだけど。今は竈に慣れているから、ちょっと寂しいなって思っただけだよ」
「それじゃ、竈も作ろうか」
「えぇ! そんなの贅沢だよ。白瞑が揃えてくれた物を使うから」

 慌てて炊飯器を抱いた。

「遠慮しないで、何でも言って。揃えるよ」

 ふるふると、晴は首を振った。

「これでいい。この台所で充分、満足」
「そう? じゃぁ、使ってみて不満があったら教えて」
「うん……」

 晴は遠慮がちに頷いた。

(充分、立派な台所なのに。これ以上、贅沢言えない)

 揃えてくれた台所でも充分な料理が作れる。これ以上の設備は必要ない。

(それに、僕はもう御厨守じゃなくなったんだろうから。前みたいに御饌を作る機会は、ないんだよね)

 きっと、この立派なキッチンでも、白瞑の分を作るくらいだ。

(ちょっとだけ、淋しいな)

 それを言ったら白瞑は、きっと困る。晴は本音を胸の内に仕舞った。

「御屋敷の中、他の場所も見てみたいな」

 炊飯器を置いて、白瞑の袖を引く。

「台所は、もういいの?」
「後でじっくり見せてほしい」
「わかった。先に他の場所を廻ろうか」

 白瞑が晴の手を握った。手を引かれながら、晴は台所を振り返った。

(僕には大きすぎるプレゼントだけど。折角、揃えてくれたんだもん。白瞑のために美味しい御饌を作ろう)

 心に誓うと、晴は白瞑の手を握って歩いた。