鉄姫の嫁入り~妖狐の暗殺に失敗し、契約花嫁になりました~

 もう隠す意味はない。ここまで見られて、誤魔化す理由も私にはない。
 妖狐の瞳に浮かぶ困惑は、刃を通さぬ怪物として恐れるでもなく、ただ純粋に、理解しがたいものを見る目。
 その視線の意味を、私はまだ測りかねていた。

鉄姫(てっき)……と、一族の間ではそう呼ばれています」

 それは、本来の名前である、砂菜という名より先にある武器の名。

「どこかで聞いたことがあるな。確か暗殺者だったか」
「はい」
「ならば、なぜ殺し損ねた」

 彼の声に、初めて苛立ちのようなものが混じる。

「さてはお前、未熟者だな」
「……本当に未熟であったなら、あなたと褥を共にするまで至らなかったでしょう。私が仕損じたのは、油断ではなく、あなた様の速さゆえです」

 言い訳のつもりはなかった。
 ただ事実を述べただけだが、妖狐は一瞬、意外そうに眉を上げた。

「私に、力はありません。守られているのは身体だけです」

 答えながら、畳へ縫い付けられた両腕の重みを感じていた。
 拘束具ひとつで、私はもう動けない。傷つかない身体は、自由な身体とは違う。

 守られる盾と、動ける刃は、別のものだ。

「一族の名はなんという?」

 答える意味がない。
 ここで果てるならば、私が果てるだけで済む話だ。

「言わぬ気か」
「申し上げれば、あなた様の手を煩わせることになります」
「俺を案じているように聞こえるが」
「案じているのではありません。ただ、無駄な波風を立てぬ方がよいかと」

 彼の目に、呆れとも興味ともつかぬ色が浮かんだ。

「黙るか。ならば、こうしよう」

 妖狐の指先に、再び炎が灯る。
 今度は先ほどより大きく、私の全身を包むほどの炎に、身に着けている衣だけが燃え始める。
 それでも、私の心は静かなままだった。
 先ほどの炎で焼けないと、既に知っているから。

「私を帰すおつもりなら、いっそ今、ここで殺してください」