鉄姫の嫁入り~妖狐の暗殺に失敗し、契約花嫁になりました~

 畳の上に片手で組み伏せられ、あっけなく簪は既に取り上げられていた。
 抗う力もないほど、あっさりと。
 屈強な男の腕力を、私は元より持っていない。
 腕を捻り上げられ、頬が畳に押し付けられる。冷たい畳の匂いが、鼻先に広がった。

 奪われた簪は、彼の手の指先でくるくると回され、しゃらんと音を立て放り投げられる。

「刺客には、相応の始末がある。まぁ覚悟の上か」

 迷いのない声。
 彼の指先から、青白い炎が灯る。

 狐火――妖狐の力の証だと、里の書物で読んだ覚えがある。
 人を一瞬で灰にすると、そう記されていた。
 逃げる術も、抗う術もない。ただ受け止めるしかなかった。

「さらばだ。一夜の花嫁」

 畳に押し付けられた頬の下、幼い日の記憶が不意に蘇る。
 稽古と称して、幾度も刃を向けられた日々。
 泣けば打たれ、逃げれば縄で縛られ、それでも「痛くない」と答えるまで繰り返された。
 あの頃に比べれば、この程度の拘束など、何ほどのこともない。

「……っ!!」

 炎が、私の腕から全身に触れる。

 熱いという感覚はあった。
 肌がちりちりと焦げる予感に、一瞬だけ息を止める。
 奥歯を噛み締め、声を上げまいと堪える。

 ここからどうしたら、母と妹の命を繋げることができるのか。
 それだけを、頭の隅で数えていた。

 けれど、それだけだった。
 皮膚は焼けない。爪の先ほども、赤くならない。焦げた匂いすら、立たない。
 妖狐の瞳が、初めて揺れた。消えた炎の名残の中、私の腕は変わらず白いまま。

「痛みがないのか……?」

 試すように、妖狐は懐の刃を私の首筋へ当てる。
 押しても、引いても、皮膚は裂けず、血の一滴も出ない。

 何度か角度を変え、力の込め方を変えても、結果は同じ。
 彼の眉間に、初めて困惑らしきものが刻まれる。

「――何者だ、お前は」