鉄姫の嫁入り~妖狐の暗殺に失敗し、契約花嫁になりました~

「……正式な妻にしようとしたことで、私はあなたの弱点になりました」
「そうだな」
「後悔していませんか」
「主としては、褒められたことではない。領地も和平も、お前一人と引き換えに差し出しかけた」
「では……」
「だが、お前を大切に思ったことは後悔していない」

 琥珀の手が頬へ触れた。
 思わずその大きな手に、自ら頬を寄せてしまう。

「弱点ができるのは、悪いことばかりではないらしい」
「なぜですか」
「失いたくないものが分かる。俺が生きる理由になる」

 目の奥が熱くなる。

「砂菜。盾ではなく、俺の妻になれ」
「命令ですか」
「違う」
「契約でも?」
「ない」
「……断ったら」

 琥珀の顔が険しくなった。

「……断るのか」

 こんな顔をする琥珀を、初めて見た。
 隠しきれないのか、耳がペタンと倒れ、尾がしな垂れている。
 いつだったか見た、転んで泣くのを堪えている、子狐とまるで同じように見えて、思わず笑ってしまう。

「ふふっ。いいえ」

 彼の衣を掴む。

「私も、ここにいたいです」
「それが、お前の望みか」
「はい。母と砂都が安心して暮らせる場所を作りたい。鉄姫にされた女の子たちが、もう命令されずに生きられるようにしたい。それから――」
「それから?」
「あなたの隣にいたいです」
「欲張りになったな」
「琥珀様が、望みを持てと仰ったので」
「様」
「……琥珀」

 敬称を外して呼ぶと、琥珀の腕が背へ回った。
 少し離れた場所で、砂都が母へ囁くのが聞こえる。

「最初から、そう言えばよかったのに」
「砂都。聞こえるわよ」
「聞かせてるの」

 頬が熱くなったが、琥珀は私を離さなかった。

 一度目は、暗殺のための嫁入りだった。
 二度目は、母と妹を救うための祝言。
 そして、三度目は、初めて私が選んだ婚姻。