鉄姫の嫁入り~妖狐の暗殺に失敗し、契約花嫁になりました~

 当主が目を見開く。
 琥珀は迷わず、青白い炎が格子を越え、水牢を包んでいく。

 初夜には、死を覚悟して目を閉じた。
 今は琥珀を信じて、目を開けたまま炎を受ける。
 熱風が髪の毛を巻き上げ、頬を撫でる。けれど皮膚は焼けない。

「水門を開けろ!火を消せ!!」

 当主が叫ぶ。

 木組みに火が走り、みるみるうちに黒く炭化していく。
 鎖を吊っていた金具が外れ、重い音を立てて水へ落ちた。
 両手足に枷と短い鎖は残った。それでも、もう壁には繋がれていない。

 炭になった木片が水へ落ちる。
 重い鎖を引きずりながら立ち上がると、格子の向こうで琥珀が手を伸ばした。

「琥珀っ……!あっ……!」

 水が一気に流れ込み、足元を攫った。
 頭まで沈む寸前、琥珀が格子を蹴り破る。腕を掴まれ、水面へ引き上げられた。

「息をしろ、砂菜」
「けほっ……!はっ……はぁっ!」

 咳き込みながら空気を吸う。当主たちが刃を抜いた。

「殺せ!逃がすな!!」

 琥珀へ向かう刃の前へ、身体が動いた。

 契約だからではない。
 刃が腕へ当たり、キィンという甲高い音を立てて折れる。
 手首の鎖が振れ、襲ってきた男の刀へ絡んだ。

「砂菜、下がれ」
「嫌です!」
「お前は今、水牢から出たばかりだぞ」
「琥珀こそ、刀を捨てたではありませんか」
「誰のせいだ」
「私を助けると決めた、琥珀のせいです」

 言い返すと、琥珀が一瞬だけ笑った。
 次の刃を彼が避け、私はその死角へ入る。
 傷つける力はなくても、相手の刃を受け、動きを止めることはできる。

 矢が琥珀の背へ飛ぶ。
 身体を滑り込ませると、矢尻は胸元で止まり、軸だけが折れた。

「だから、下がれと言っている!」
「嫌だったのでしょう?」
「何がだ」
「私に刃が向くのが。私も同じです」

 琥珀が言葉を失う。
 その隙を狙った男の腕を、手首の鎖が打った。

 刀が床へ落ちる。
 当主が短刀を拾い、私ではなく琥珀へ飛びかかる。
 受け止めようとした私の肩を、琥珀が押した。

「今度は俺がやる」

 腕を掴み、当主を床へ投げる。

「鉄姫がいなければ何もできぬ獣が!」
「その鉄姫に見捨てられたのは、お前だ」

 外から狐の遠吠えが響いた。
 狐火は、琥珀の配下へ送る合図でもあったらしい。
 隠れて待機していた妖狐たちが一斉に踏み込み、一族の者を取り押さえていく。

「一人で来いと言ったはずだ!」
「一人で来た。あれは勝手についてきた」
「琥珀様に置いていかれたので、追いました」

 側近が平然と答え、当主の腕を捻り上げた。
 長年、絶対だった当主が床へ膝をつく。

「終わりだな。命乞いでもしてみるか?」