鉄姫の嫁入り~妖狐の暗殺に失敗し、契約花嫁になりました~

 こんな時まで、二つの願いが胸の中で争っている。
 冷えた息を吐き、声にならないほど小さく名を呼んだ。

「ようやく、様が取れたな」

 その声に顔を上げる。
 格子の向こうに、琥珀が立っていた。
 刀は腰に差したままだが、従者の姿はない。

「どうして……」
「呼ばれたから来た」
「聞こえるはずが……」
「聞こえたことにしておけ」

 いつものような返事。
 そのことが、たまらなく嬉しくて、同じくらい怖い。

「……今なら間に合います……帰ってください」
「嫌だ」
「一族の要求を聞くつもりですか」
「お前をここから出したあとで考える」
「っそれでは遅いのです!」
「今更、そんなことを言われても遅い」

 琥珀の視線が、水に浸かった私の喉元から、鎖を辿って木組みへ移る。

 その目に何が映ったのか、私には分からない。
 ただ、彼は格子の前まで歩み寄ると、私をまっすぐ見た。

「まさか、本当に鉄姫が妖狐の弱点になるとはな」

 当主が格子の前へ進み出た。

「刀を捨てろ。領地の境を我らへ譲り、和平の取り決めも改めると誓え。そうすれば鉄姫は返してやる」
「返す?」

 琥珀の目が細くなる。

「砂菜は、初めからお前たちの物ではない」
「綺麗事をいうな!何代かけて作ったと思っている」

 琥珀は腰の刀を抜くと、周囲の男たちが身構える。
 だが彼は刃をこちらへ向けず、足元へ落とした。
 カチャンという音が、水牢の中に響く。

「琥珀、駄目!」
「砂菜。心配するな」
「私のために領地を渡さないでくださいっ!」
「渡すとは言っていない」

 当主が水門の縄へ手をかけた。

「強がるな。次は頭まで沈むぞ」
「俺のものは、砂粒一つもお前らにはやらん」

 琥珀の視線は、私の枷から伸びる鎖、その先の木組みに向いたまま。
 狐火なら、鉄の枷は焼けない。
 けれど、鎖を支えている木は違う。初夜に私を殺そうとした炎。
 あの炎なら。

「琥珀」
「何だ」
「私を焼いてください」