鉄姫の嫁入り~妖狐の暗殺に失敗し、契約花嫁になりました~

 御簾の向こうに立つ人影に、目を向ける。

 銀にも金にも見える長い髪が、風もないのに揺れていた。
 頭上には髪と同じ色の狐耳が立ち、背後では九本の尾が扇のように広がっている。
 琥珀色の瞳が、真っ直ぐにこちらを見据えている。人ならざる者の気配は、纏う空気の重さで分かった。
 里の書物に描かれていた妖狐の絵姿より、遥かに静かで、遥かに底が知れない。

「よく来た、花嫁」

 声には、温度がなかった。
 値踏みするような響きだけが、耳に残る。

「妖狐様に、御礼申し上げます」

 喉から出した声は、我ながらよく出来ていたと思う。

「面を上げよ」

 顔を上げると、金色に輝く瞳が、値踏みするように私の輪郭をなぞる。
 傷ひとつない肌を、不審に思ったのかもしれない。
 花嫁として着飾らせるにしても、過酷な旅の末にしては、あまりに白い肌。

「長旅であったろう。名は」
砂菜(さな)、と申します」
「砂菜、か」

 繰り返された自分の名が、やけによそよそしく耳に響いた。

 案内された座敷は、思いのほか質素だった。
 贅を凝らした調度品ではなく、必要なものだけが必要な場所に置かれている。
 この男の性根が、そこに透けて見える気がした。
 妖狐は言葉少なに、私を部屋の奥へと促す。

「今宵は、疲れているだろう」
「お心遣い、痛み入ります」

 彼の声に、これまでとは違う響きが混じる。
 花嫁として迎えられた以上、今宵が初夜であることは、里を発つ前から分かっていたこと。
 契約でも、駆け引きでもない。ただ、与えられた役目の続きとして、その意味を静かに受け止めていた。