鉄姫の嫁入り~妖狐の暗殺に失敗し、契約花嫁になりました~

 店主たちは琥珀を見ると気軽に声をかける。
 乾物屋の老婆など、琥珀へ勝手に菓子を持たせた。

「長が代金を払わず、よいのですか」
「払おうとすると怒る」
「では、私が」
「花嫁から取る方が、もっと怒るぞ」

 老婆は私にも一つ握らせ、「長をよろしく」と笑った。
 長として畏れられてはいるが、遠ざけられてはいない。
 里で聞かされた、冷酷な妖狐の長とはまるで違った。

「なぜ、そこまで和平にこだわるのですか」
「長く生きれば、争いの後に何が残るか嫌でも知る。屍と、焼けた土地だけだ」
「何かを失われたのですか」
「幾度も」

 それ以上は訊けなかった。
 琥珀の横顔に、これ以上踏み込むことを拒む影が差していた。
 代わりに、前から気になっていたことを口にする。空気を変えたい、という気持ちも半分あった。

「琥珀様は、おいくつなのですか」
「忘れた」
「年齢は、忘れるものなのですか」
「百を越した頃までは数えた気もする」
「……百」
「今、嫁いだことを後悔したか」
「少しだけ、歳の差が気になりました」
「正直だな」
「契約相手に嘘はつけませんので」

 琥珀が声を立てて笑った。
 その横顔を見ながら、この男が望んでいる和平を、私も見てみたいと思う。

「……そうか……琥珀様にもあの子狐のような時もあったのですね」
「当たり前だろう」
「ふふ、それは少し見てみたかったかもしれません」
「何を馬鹿なことを……」

 そう言って、そっぽを向いた琥珀を見上げると、ほんの少しだけ耳が動いているように見えた。