鉄姫の嫁入り~妖狐の暗殺に失敗し、契約花嫁になりました~

 表向きは、それだけの話だ。里の外へは、そう伝えられている。
 長きに渡り小競り合いを続けてきた人と妖狐が、ようやく手を結ぶための証。

 誰もが、めでたい話だと口を揃える。
 祝いの言葉をかけてくる使用人たちの目の奥に、憐れみが滲んでいたことにも、私はとうに気づいていた。

 けれど輿に揺られる私――砂菜には、たったひとつの使命しか与えられていない。

 妖狐を殺すこと。

 それが叶えば、母と妹は一族の手から解かれる。失敗すれば、二人の命はない。
 輿に乗る前、当主に念を押された言葉が、耳の奥にこびりついている。

「お前が失敗すれば、お前の母と妹は生かしておく理由がなくなる。分かっているな」
「はい」

 分かっている。
 分かりすぎるほど、分かっている。だから今、震えるわけにはいかない。

 道中、幾度か里の外れの村を通り過ぎた。
 人々は皆、遠巻きにこちらを見ながらも、深くは詮索しない。
 花嫁の輿だと知れば、誰もが哀れむような目を向ける。
 妖狐に嫁ぐということが、この国ではそれほどまでに、恐れられていることの証なのだから。

 輿の担ぎ手が足を止める気配。御簾の隙間から、篝火の赤が滲む。

 外へ出れば、思っていたよりも静かな景色が広がっていた。
 人の里のように賑やかな祝いの声も、慌ただしい足音もない。
 ただ、篝火の爆ぜる音だけが、夜気に染み渡る。

 屋敷の門は古びているが、荒れてはいない。
 手入れの行き届いた庭木の影が、月明かりに長く伸びていた。
 人の里で聞かされていた「妖狐は荒々しく、里を焼き払う」という話とは、まるで違う静けさだった。