鉄姫の嫁入り~妖狐の暗殺に失敗し、契約花嫁になりました~

 南の関所での会談に招かれた日、早朝から屋敷の中は慌ただしかった。
 人と妖狐、双方の重臣が顔を揃える席となれば、些細な粗相も許されない。

 私は琥珀の一歩後ろに控え、座敷の隅々へ目を配っていた。
 給仕の動き、酒器の並び、灯りの陰。
 人の側の名代は笑顔を浮かべているが、その後ろに控える者たちの視線は、誰も彼も鋭い。

 周りからは異物を見るような視線が時折、私に向けられるのがわかる。
 それもそうだろう、妖狐が着飾った人間の女を花嫁として、傍に置いているのだから。

「鉄姫、そう気を張るな。今宵は宴だ」

 琥珀は盃を傾けたまま、こちらを見もしない。

「宴の場ほど、隙が生まれやすいものはありません」
「その時は、お前に働いてもらう」
「そのための契約です」

 返した直後、名代の後ろに控えていた男が動いた。
 懐から抜かれた刃が、真っ直ぐ琥珀へ向かう。
 私が踏み出すより早く、肩を掴まれた。

「鉄姫、動くな」

 琥珀が私を自分の前へ引き寄せる。

 キィィンッ!という金属音と共に、振り下ろされた刃が肩口へ当たり、甲高い音を立てて折れた。

「きゃぁぁぁぁっ!」
「この!人間どもめ!」

 破片が畳を跳ね、座敷に悲鳴が上がる。

 琥珀の腕が、背後から伸びた。
 頬のすぐ横に開かれた掌から、青白い狐火が迸る。

 炎はまるごと私の身体の目の前から、その向こうにいた刺客だけを焼いた。
 火が消えたあとも、私は同じ場所に立っていた。
 髪も衣も焦げてはいない。

「やはり、使えるな」

 耳元で、琥珀が言った。

「ご満足いただけたようで、何よりです」