輿の外から、獣の匂いが濃くなっていく。
人のものではない。獣とも、少し違う。焦げた木のような、それでいてどこか甘い香。
妖狐の領地に入ったのだと、匂いだけで分かった。
膝の上で組んだ両手に、力を込める。震えているわけではない。ただ、確かめている。
この手が今宵、殺すべき相手の喉を掻き切るためだけに存在していることを。
物心つく前から、そう教え込まれてきた。
刃を握ることも、痛みに耐えることも、殺気を殺すことも。
私という器の中身は、とうに空にされている。
輿の中は狭く、揺れるたびに衣擦れの音だけが響く。
付き添いの侍女はいない。花嫁の輿には本来、幾人もの供が付くものらしいが、私には必要ない。
誰かに世話を焼かれることに、私は慣れていなかった。
窓のない輿の中、時折差し込む篝火の赤い光が、膝の上の白い布を照らす。
輿を担ぐ者たちの足音は、里の男たちのものとは違う、どこか軽やかな響きだった。
妖狐の血を引く者たちなのだろう。人ならざる歩みの静けさに、これから足を踏み入れる場所の異質さを、否応なく実感させられた。
「和平の証として、人の里から妖狐の長へ花嫁を差し出す」
人のものではない。獣とも、少し違う。焦げた木のような、それでいてどこか甘い香。
妖狐の領地に入ったのだと、匂いだけで分かった。
膝の上で組んだ両手に、力を込める。震えているわけではない。ただ、確かめている。
この手が今宵、殺すべき相手の喉を掻き切るためだけに存在していることを。
物心つく前から、そう教え込まれてきた。
刃を握ることも、痛みに耐えることも、殺気を殺すことも。
私という器の中身は、とうに空にされている。
輿の中は狭く、揺れるたびに衣擦れの音だけが響く。
付き添いの侍女はいない。花嫁の輿には本来、幾人もの供が付くものらしいが、私には必要ない。
誰かに世話を焼かれることに、私は慣れていなかった。
窓のない輿の中、時折差し込む篝火の赤い光が、膝の上の白い布を照らす。
輿を担ぐ者たちの足音は、里の男たちのものとは違う、どこか軽やかな響きだった。
妖狐の血を引く者たちなのだろう。人ならざる歩みの静けさに、これから足を踏み入れる場所の異質さを、否応なく実感させられた。
「和平の証として、人の里から妖狐の長へ花嫁を差し出す」



