花嫁御寮の嘘つきな身の上 ~獅子の軍神は牡丹の乙女を手放せない

 その日は、腰を痛めた夫の看病をする音々に代わり、偲の祖母である子爵夫人が別館に様子を伺いに来ていた。

 さすがに偲も祖母を追い返すことはできず、三人での夕食後、ほたるは彼女と共に、普段よりものんびりと台所の後片付けをする。

「本当、気立てのよいお嫁さんをいただけて、偲は果報者だわ」
「いえ、そんな……」

 子爵夫人・五十鈴(いすず)は矍鑠とした老婦人で、小柄ながら背筋はピンと伸び、きちんとまとめた銀髪に品があった。今でも本館で女中たちの陣頭に立ち、自ら家政に采配を振るっているという。

 はにかむほたるに、五十鈴は糠床の具合を検分しながらフフと笑う。

「伯爵家のお嬢様に馴染んでもらえるか心配だったけれど、取り越し苦労でしたね」

 西と東、公家と武家、伯爵家と子爵家という差はあるが、確かに若菜であれば、嫁ぎ先でも炊事や掃除をすることなどなかっただろう。

「しかも、淡白なあの子が独占したがるなんて、さすがは『汝の心を奪い取る』名取の家名を持つだけのことはあるわ。少なくとも、家では煙管を吸わなくなったようだし」
「……ありがとうございます」

 夫人を欺いているという罪悪感から、ほたるは視線を俯けたまま礼を述べ、黙々と器を洗い続ける。実際、音々も五十鈴も親切で、更に犬塚家には電気も水道も通っており、家事は苦にならなかった。

 ほたるはふと、寝室の香炉や軍服の残り香を思い出す。それらも、人ならぬ気配を少しでも、それこそ煙に巻くための策なのかもしれない。

「ではわたしは、灰を外に捨ててきます」

 冷めた竈の掃除と朝食用の米研ぎも終え、ほたるが竈の灰をまとめた木桶を手にすると、五十鈴がそれを制した。

「あら、いいですよそんなの、明るくなってからでも」
「大丈夫です。刀自様は、お風呂上がりの旦那様のお相手をお願いいたしますね」

 祖母と孫が二人きりで過ごす機会も、祝言以降はなかっただろう。気を遣ってほたるは五十鈴を居間に送り出し、自身は勝手口から屋外に出た。灰はひとまとめにしておけば、業者が買い取って農村に肥料として売りに行ってくれる。

 月明かりを頼りに庭隅の木箱に灰を捨て、ほたるは木枯らしに身震いしながら勝手口へ戻ろうとする。

 そこで、音もなく降り立った爛々と光る二つの目とかち合った。