虎徹先生に連れられてきたのは、美術準備室だ。
大きなキャンバスや石膏が雑に置きっぱなしになっている。
「はーい、この部屋を二人で掃除してもらいまーす」
虎徹先生が名案みたいな顔をする。
「えぇ!」
「やりたくねぇ」
俺と龍牙の声は同じ不満だった。
「仕方ないだろ、他に誰もやってくれないんだから」
「この部屋使っているのは美術部と先生だろ! 使っている奴が掃除すればいいじゃん!」
果敢に反論する。
虎徹先生がニヤリとした。
「ぶっぶー、不正解です。美術部が使っているのは美術室。俺が使っているのは美術教員室でした。ここは美術準備室でーす」
教員とは思えないような屁理屈だ。
俺は、わなわなと拳を握った。
「もっと別の罰とか!」
俺は虎徹先生に縋った。
ゆさゆさ揺らされながら、虎徹先生が気の抜けた返事をした。
「えー? 屋上に入ったこと、生活指導の先生にバレたら、こんなもんじゃないよぉ。親とか呼び出されちゃうかもねぇ」
俺は、ぞっとして背筋を伸ばした。
隣の龍牙も同じ顔をしている。
「わかったら始めましょう」
虎徹先生が手を叩いた。
弾かれたように、俺たちは美術準備室の掃除を始めた。
「この大きなキャンバス、どこに持っていくんだよぉ」
泣き言を零しながら持ち上げる。
「それ、お向かいの倉庫。平野が持ってる石膏も同じ」
「はーい」
龍牙の返事に覇気がない。
やるしかないので、俺たちはどんどんキャンバスと石膏を運んだ。
「八坂、学校で絵を描くの、再開したんだ」
ドクリと心臓が下がって、俺は掃き掃除していた手を止めた。
キャンバスと石膏がなくなった美術準備室は思ったより広かった。
爽快感と達成感を感じながら掃き掃除していたのに。
最悪な一言を放たれた。気分が悪い。
「学校で描いてないし。誰にでも見せるわけじゃないから」
「ふぅん。美術部に戻ってくる気は?」
「ないよ。全然ない。ゼロ以下、マイナスだから」
今更、美術部で描きたい絵なんかない。
「まぁ、そうだよなぁ。俺も戻って来いって言う気はないんだけどさ」
虎徹先生が、ちらりと龍牙に視線を向けた。
俺は思わず龍牙の腕を掴んだ。
「龍牙はダメだからな。美術部に渡さない」
「俺、美術部に興味ねぇ」
俺の先制攻撃に、龍牙が同意してくれた。
「んー、そうだなぁ……どうしようか」
顎を摩りながら、虎徹先生が考える仕草をした。
「二人で描いている絵、見せてくれたら……この部屋、好きに使わせてやるよ」
「え!」
「マジで?」
俺と龍牙は似たような反応をした。
だけどすぐに、俺は気が付いた。
「なんで見たいわけ? なんで美術準備室、貸してくれるわけ? 他に何かあるわけ?」
虎徹先生はニコニコするばかりで何も言わない。
その笑みがどう考えても怪しい。
龍牙がタブレットを虎徹先生に手渡した。
「平野、サンキュ」
「うす」
何故か素直に返事とかしている。
そういえば、龍牙にタブレットを渡していたんだった。
「え? 何やってんの、龍牙。あの人に絵を見せちゃダメじゃん!」
龍牙が首を傾げた。
「悪いことは、なさそうな気がする」
「うんうん、平野の勘は間違ってないぞぉ」
タブレットを拡大したり縮小したりしながら、虎徹先生がニヤリとした。
「この構図考えたの、平野だろ? 線画は八坂だよな。これ、すげぇな」
虎徹先生が本気で感心している。
「先生、わかるの?」
龍牙が驚いた顔をした。
「二人とも選択教科、美術だろ。先生の目を舐めるなよ」
俺も、ちょっと感心した。
俺は龍牙と顔を見合わせた。
「相変わらず八坂は絵がプロ並みだし、平野は構図取りのセンスが高校生とは思えない。二人の長所がいい感じに噛み合っているな」
虎徹先生の目から笑みが消えて、真剣な眼差しになった。
「これなら、いけそうか……文化祭のポスター、二人で描くか?」
「え……」
「えぇ!」
龍牙より大きな声を、俺は上げた。
翔陽高校の文化祭は毎年10月に行われる。
ポスターは三種類で、そのうちの一つが特賞に選ばれ、メインポスターになる。メインポスターは近郊の商業施設や公的施設にも掲示される。
誰が描くかは、その年の文化祭実行委員が指名するのだが。
「虎徹先生、もしかして、文化祭実行委員の顧問に入った?」
「入った、入った。面倒だなぁって思ってたとこだ」
ケラケラ笑っている。
本当に面倒だと思っている乾いた笑いだ。
「芸術方面、丸投げされてんだよな。一枚は美術部、もう一枚は生徒会に振ったけど。あと一枚、余ってたんだ」
虎徹先生が人差し指を立てた。
「まだ七月上旬ですけど……あ、夏休みがあるのか」
龍牙が気が付いた顔をする。
「夏休みなくたって遅いくらいだよ。どうだ、二人で描いてみないか?」
「俺……」
返事をしそうになって龍牙に視線を向けた。
正直、龍牙となら俺は描きたい。
二人でどれくらいの絵が描けるのか、試してみたい。
けど、龍牙がどう想っているか、わからない。
「俺、描いてみたいけど。透馬は、どう?」
龍牙が控えめに俺に声を掛けた。
俺はここぞとばかりに龍牙の手を掴んで、持ち上げた。
「やる! 文化祭のポスター、二人で描く!」
「よし、決まり! 前言撤回、認めませーん」
虎徹先生が拍手した。
俺は龍牙と顔を見合わせた。
期待でウズウズする顔は、きっと同じはずだ。
「そんで、ポスター描くならマストの決まり事があるんだけど……」
虎徹先生が俺たちを振り返ってニヤリとした。
折角、二人共通の目標を見付けて、気持ちが前に向いていたのに。
嫌な予感しかしない虎徹先生の笑みに、寒気がしていた。
大きなキャンバスや石膏が雑に置きっぱなしになっている。
「はーい、この部屋を二人で掃除してもらいまーす」
虎徹先生が名案みたいな顔をする。
「えぇ!」
「やりたくねぇ」
俺と龍牙の声は同じ不満だった。
「仕方ないだろ、他に誰もやってくれないんだから」
「この部屋使っているのは美術部と先生だろ! 使っている奴が掃除すればいいじゃん!」
果敢に反論する。
虎徹先生がニヤリとした。
「ぶっぶー、不正解です。美術部が使っているのは美術室。俺が使っているのは美術教員室でした。ここは美術準備室でーす」
教員とは思えないような屁理屈だ。
俺は、わなわなと拳を握った。
「もっと別の罰とか!」
俺は虎徹先生に縋った。
ゆさゆさ揺らされながら、虎徹先生が気の抜けた返事をした。
「えー? 屋上に入ったこと、生活指導の先生にバレたら、こんなもんじゃないよぉ。親とか呼び出されちゃうかもねぇ」
俺は、ぞっとして背筋を伸ばした。
隣の龍牙も同じ顔をしている。
「わかったら始めましょう」
虎徹先生が手を叩いた。
弾かれたように、俺たちは美術準備室の掃除を始めた。
「この大きなキャンバス、どこに持っていくんだよぉ」
泣き言を零しながら持ち上げる。
「それ、お向かいの倉庫。平野が持ってる石膏も同じ」
「はーい」
龍牙の返事に覇気がない。
やるしかないので、俺たちはどんどんキャンバスと石膏を運んだ。
「八坂、学校で絵を描くの、再開したんだ」
ドクリと心臓が下がって、俺は掃き掃除していた手を止めた。
キャンバスと石膏がなくなった美術準備室は思ったより広かった。
爽快感と達成感を感じながら掃き掃除していたのに。
最悪な一言を放たれた。気分が悪い。
「学校で描いてないし。誰にでも見せるわけじゃないから」
「ふぅん。美術部に戻ってくる気は?」
「ないよ。全然ない。ゼロ以下、マイナスだから」
今更、美術部で描きたい絵なんかない。
「まぁ、そうだよなぁ。俺も戻って来いって言う気はないんだけどさ」
虎徹先生が、ちらりと龍牙に視線を向けた。
俺は思わず龍牙の腕を掴んだ。
「龍牙はダメだからな。美術部に渡さない」
「俺、美術部に興味ねぇ」
俺の先制攻撃に、龍牙が同意してくれた。
「んー、そうだなぁ……どうしようか」
顎を摩りながら、虎徹先生が考える仕草をした。
「二人で描いている絵、見せてくれたら……この部屋、好きに使わせてやるよ」
「え!」
「マジで?」
俺と龍牙は似たような反応をした。
だけどすぐに、俺は気が付いた。
「なんで見たいわけ? なんで美術準備室、貸してくれるわけ? 他に何かあるわけ?」
虎徹先生はニコニコするばかりで何も言わない。
その笑みがどう考えても怪しい。
龍牙がタブレットを虎徹先生に手渡した。
「平野、サンキュ」
「うす」
何故か素直に返事とかしている。
そういえば、龍牙にタブレットを渡していたんだった。
「え? 何やってんの、龍牙。あの人に絵を見せちゃダメじゃん!」
龍牙が首を傾げた。
「悪いことは、なさそうな気がする」
「うんうん、平野の勘は間違ってないぞぉ」
タブレットを拡大したり縮小したりしながら、虎徹先生がニヤリとした。
「この構図考えたの、平野だろ? 線画は八坂だよな。これ、すげぇな」
虎徹先生が本気で感心している。
「先生、わかるの?」
龍牙が驚いた顔をした。
「二人とも選択教科、美術だろ。先生の目を舐めるなよ」
俺も、ちょっと感心した。
俺は龍牙と顔を見合わせた。
「相変わらず八坂は絵がプロ並みだし、平野は構図取りのセンスが高校生とは思えない。二人の長所がいい感じに噛み合っているな」
虎徹先生の目から笑みが消えて、真剣な眼差しになった。
「これなら、いけそうか……文化祭のポスター、二人で描くか?」
「え……」
「えぇ!」
龍牙より大きな声を、俺は上げた。
翔陽高校の文化祭は毎年10月に行われる。
ポスターは三種類で、そのうちの一つが特賞に選ばれ、メインポスターになる。メインポスターは近郊の商業施設や公的施設にも掲示される。
誰が描くかは、その年の文化祭実行委員が指名するのだが。
「虎徹先生、もしかして、文化祭実行委員の顧問に入った?」
「入った、入った。面倒だなぁって思ってたとこだ」
ケラケラ笑っている。
本当に面倒だと思っている乾いた笑いだ。
「芸術方面、丸投げされてんだよな。一枚は美術部、もう一枚は生徒会に振ったけど。あと一枚、余ってたんだ」
虎徹先生が人差し指を立てた。
「まだ七月上旬ですけど……あ、夏休みがあるのか」
龍牙が気が付いた顔をする。
「夏休みなくたって遅いくらいだよ。どうだ、二人で描いてみないか?」
「俺……」
返事をしそうになって龍牙に視線を向けた。
正直、龍牙となら俺は描きたい。
二人でどれくらいの絵が描けるのか、試してみたい。
けど、龍牙がどう想っているか、わからない。
「俺、描いてみたいけど。透馬は、どう?」
龍牙が控えめに俺に声を掛けた。
俺はここぞとばかりに龍牙の手を掴んで、持ち上げた。
「やる! 文化祭のポスター、二人で描く!」
「よし、決まり! 前言撤回、認めませーん」
虎徹先生が拍手した。
俺は龍牙と顔を見合わせた。
期待でウズウズする顔は、きっと同じはずだ。
「そんで、ポスター描くならマストの決まり事があるんだけど……」
虎徹先生が俺たちを振り返ってニヤリとした。
折角、二人共通の目標を見付けて、気持ちが前に向いていたのに。
嫌な予感しかしない虎徹先生の笑みに、寒気がしていた。



