放課後アクスタ部(部員二名)

 文化祭から三週間が経った。
 夏のような暑さが薄れて、季節はゆっくりと秋になりつつある。
 
 放課後、人をかき分けて、俺は部室に走った。
 思いっきり扉を開ける。
 既に龍牙がタブレットで絵を描いていた。

「おかえり、透馬。どうだった?」

 俺は得意げに手を掲げた。

「じゃーん! トロフィー頂きました! 可愛かったで賞!」
「おぉ。本当にトロフィーだ」

 龍牙がパチパチと拍手した。

 文化祭を盛り上げるのに貢献したとして、文化祭実行委員から活躍したクラスや部活を称える表彰会があった。
 部長の俺が代表で参加して、トロフィーを受け取った。

 トロフィーには『可愛かったで賞 アクスタ部』と書かれている。

「デジタル新聞部の取材が大きかったなぁ」

 俺はしみじみと振り返った。

「確かに。あれがなかったら、売れ残っていたかも」
「だよね」

 文化祭の二日間を思い出して、俺は笑った。
 俺はトロフィーをアクリルボードの隣に置いた。

「トロフィーも嬉しいけど、アクリルボードのほうが、俺は嬉しいな」

 文化祭が終わってから、龍牙と二人で改めて自分たちのミニキャラを描いた。
 売り上げで作るつもりだったのに、父さんが特別にタダで請け負ってくれた。
 アクスタが完売した記念の御褒美をくれた。

「トロフィーが可愛かったで賞なら、アクリルボードは頑張ったで賞だ」

 父さんの工場でも、ちらほらと受注が増えたのだそうだ。
 俺たちのアクスタはSNSでも拡散されて、プチバズリした。
 アクスタの台座には小さく工場の名前を入れていた。
 そのせいか、工場にとっても良いプロモーションになったらしい。

「頑張ったで賞、最高に嬉しい」

 龍牙がアクリルボードを撫でた。
 俺と龍牙が並んで「アクスタ部にようこそ」と手を差し伸べている。
 アクスタ部の顔みたいなアクリルボードができた。

「文化祭を頑張った俺たちの、宝物だ」
「うん……マジで最高」

 龍牙が、嬉しそうに笑った。
 その顔を見ているだけで、俺の胸が満たされる。

(あれ? あれって……)
 
 俺の視線がふと、机に向いた。
 武蔵埜森美大のパンフレットが置いてあった。

 俺の視線に気が付いた龍牙が、笑みを仕舞った。

「あのさ、透馬。話してみたんだ、母さんに」
「大学のこと?」
「……うん」

 俺はごくりと息を飲んだ。

「何だって?」

 恐る恐る問い掛ける。

「うん……大学四年くらい、養わせろって言われた」
「え……?」
「成人したら親の手を離れて生きるんだから。それまでの間、大学くらい行かせられるって、叱られた」

 龍牙が、ははっと笑う。
 俺は肩の力が抜けた。

「指定特待生の話も、喜んでくれた。行かない理由がないって言われた」
「そうだよ……そうだよ! いかない理由がない」

 俺は拳を握りしめて、力説した。

「やっぱり龍牙のお母さん、強い! 格好良い!」

 ひとり親で夜の仕事をしながら龍牙を育てている。
 決して楽ではにはずなのに、龍牙から話を聞くだけで、愛に溢れている。
 それが嬉しくて、安心して、目頭が熱くなった。

「俺は、武蔵埜森美大、受ける方向で考えようと思う……透馬は?」
「あ、うん……俺。俺も……受けるよ」
「お父さんとお母さん、納得してくれた?」
「思うところはあるみたいだったけど、納得してくれた」

 両親は、安定した職に繋がる大学への進学を望んでいた。
 父さんも母さんも俺と同じ道を先に歩んだ人だったから。
 
「ギリギリ納得的な?」
「うーん……きっと、俺に苦労させたくないって、思ってくれたんだ。でもさ、どんな大学出たって、仕事はきっと苦労するじゃん。だったら好きなことやりたいって、説得した」

 血は争えないと、父さんは言っていた。
 母さんも父さんも、俺と同じ言葉を祖父ちゃんと祖母ちゃんに言ったんだそうだ。

「厳しいことも言われたけど、応援してくれるって」
「そっか。良かった」

 龍牙が俺の手を握った。

「二人で美大、受けられる」
「うん、一緒に絵を描ける」

 俺は龍牙の手を握り返した。

 始まりは落としたアクリルキーホルダー。
 あの日から始まったアクスタ部で、二人で描いた文化祭のポスターが、美大へのきっかけになった。
 干支のアクスタは、俺たちの絵を誰かに届ける喜びを教えてくれた。
 父さんがくれたアクリルボードは御褒美で、頑張った証だ。

(全部が繋がってる。今までとこれからの、俺と龍牙の未来まで、ずっと)

 俺は身を乗り出して、龍牙に顔を寄せた。
 柔らかい温もりに唇を重ねる。
 ちゅっと甘い音がして、熱が混じった。

「透馬からのキス、初めてかも」
「え? そうかな……そうかも」

 いつも龍牙が先にキスしてくれる。
 自分からキスしたのは、言われてみれば初めてかもしれない。

「嬉しい」

 龍牙が俺の唇を甘く食んだ。
 いつもの、優しいキスだ。

「……次、何作る?」
「次? えっと……」

 甘いキスにクラクラして、すぐに答えられなかった。

「何、かな。またアクスタ? 木製キーホルダーも面白いけど」
「等身大アクスタとか」
「マジ? デカすぎ」

 龍牙は身長が一八〇センチ近くあるのに。
 オバケアクスタが出来上がる。

「ジオラマも楽しいよ。台座に色々いっぱい立てて飾れる」
「それ、面白そう。森が作れる」
「作れる、作れる」

 笑いながら、俺は頷いた。

「どっちにしても、絵を描かないと始まらないけど」
「うん、描こう」

 龍牙が自分のタブレットを取り出した。
 俺もタブレットを鞄から出した。

「それじゃ、何を描こうか」

 二人で顔を見合わせて、笑い合う。
 ペンタブが画面を滑る音が、重なる。
 やっぱり龍牙と絵を描く時間は、最高だ。

 放課後のアクスタ部は、部員が二人きり。
 大好きな場所で、大好きな人と、大好きな絵を描いて過ごせる場所だ。