放課後アクスタ部(部員二名)

 窓の外に見える陽が、陰りを見せ始めた。
 どっかりと椅子に腰かけた俺は、ぼんやりと空を眺めた。

『以上を持ちまして、翔陽高校文化祭を終了いたします。この後、閉会式を行いますので、生徒は体育館に集まってください』

 文化祭終了のアナウンスが遠くに聴こえる。

「閉会式だって」
「だな」

 隣で同じように椅子に掛ける龍牙が、力なく返事した。

「色紙、何枚描いたかな」
「覚えてねぇ。使い切った?」
「なくなっちゃった。多めにって五十枚くらい持ってきたんだよ」
「マジか。そんなに描いたのか。いや……描いたかも」

 龍牙が自分の右手を眺めた。
 右の手首が痛い。中指にペンだこができている。
 きっと龍牙も同じだ。

 準備した色紙はすぐになくなった。
 色紙に絵を描く係と売り子に分かれて回していた。
 必死だったから、途中の記憶が曖昧だ。

(これって、成果とか価値っていえるのかな)

 東野建優が教えてくれた言葉が、俺の胸にずっと刺さっている。

(俺の絵を、お金を出して買ってくれる人がいる)

 その価値をどう評価して活かすかは、自分次第なんだと思った。

「東野さんの話、響いた」

 龍牙が、ぽそりと呟いた。

「うん、俺も」
「大学、行きたくなった」
「……え?」

 俺は龍牙を振り返った。
 龍牙が、真っ直ぐ前を見詰めていた。

「指定特待生が取れるなら、母さんにお金の苦労、させなくて済む。足りない分は自分でバイトしながらでも、美大に行きたい」

 龍牙の目が、俯いた。

「本当は、ちょっと前から思ってたんだ。透馬と同じ学校に行って、絵の勉強できたら、楽しいだろうなって」

 じわりと、胸の奥に何かが滲んだ。
 熱くて、甘くて、少し苦い。

「俺も……やっぱり絵の勉強したいって、龍牙と絵を描き始めてから、そういう想い、強くなって」

 感情が昂る。
 目頭が熱くなる。

「龍牙と一緒に描いたポスター、たくさんの人に見てもらって。龍牙と一緒に作ったアクスタ、完売して、いっぱい描いた色紙も売り切れた。こんなの、龍牙と一緒じゃなきゃできない」

 ポロリと、涙が流れた。

「透馬」

 龍牙の指が、俺の頬に流れた涙を拭った。

「大学目指そう、龍牙。一緒に!」

 今なら、ちゃんと父さんと母さんに話せる。
 何となくぼんやりじゃない。
 俺は絵じゃないとダメだって、説明できる。

「透馬と、一緒に行きたい」

 どちらからともなく顔が近付いて、唇が重なる。
 熱が解けて、沁み込む。唇が、ふわりと甘くなる。

「やらなきゃいけないこと、きっとたくさんあるけど。透馬とだったら越えていける」
「うん。二人なら、越えられる」

 この三ヶ月で、たくさんのことを越えてきた。
 一人ではできなかったことを、やり遂げてきた。
 そんな二人だから、きっと大丈夫だ。

「龍牙を好きになって、良かった」

 初めて声を掛けられた時は、少し怖かった。
 今は、離れたくない、かけがえのない人だ。

「透馬だから、好きになった」

 龍牙が、こつんと額を合わせた。

「透馬じゃなきゃ、ダメだった」

 胸の奥が、きゅっと締まる。
 切なくて、愛おしい。

「俺も、龍牙じゃなきゃ、いやだ」

 頬に手を添えて、口付ける。
 重なる唇を離したくないのに、離さないと名前を呼べない。
 それが、もどかしい。

 日が暮れて影を落とし始めた部屋の中で、夕暮れに紛れるようにキスをする。

「龍牙」
「透馬」

 名前を呼びあって、微笑み合う。
 こんな瞬間が何よりも嬉しいだなんて、龍牙に会うまで知らなかった。

「これからも、ずっと一緒に絵を描こう」

 指を絡めて恋人のように繋いで。
 明日も、明後日も、二人で絵を描いて過ごせるように。
 そう願って、今日を生きる。

 今年の文化祭は、俺たちの未来へ続く最初の一歩になった。