「アクスタのデータはある? 見せてもらえるかな」
「はい、あります」
俺はタブレットを取り出すと、テンプレに貼る前の完成下絵を表示した。
タブレットを東野に渡した。
「ありがとう」
ニコリと笑んで、東野がタブレットに目を落とした。
(何となく、柔らかい雰囲気の人だ)
威圧感や圧迫感はない。
優しい雰囲気を醸している。けれど、緊張の糸は張り詰めているとわかる。
(本当に俺たちを見に来たんだ)
観察して、判断しに来た。
そう思ったら、一層緊張が増した。
「ファンシーな絵が多いね。今回のコンセプト?」
「あ、はい。文化祭の模擬店だし。干支の動物なら可愛い系のほうがウケがいいかもって」
「その感覚、間違ってないね」
東野が顔をあげて微笑んだ。
「デジタルもアナログも一定以上、描けるね。どっちが好き?」
「俺はデジタルのほうが好きだけど。最近はアナログも好きになってきました」
東野の問い掛けに、龍牙が先に答えた。
「それは、どうして?」
「描く機会が増えたから。昔はスマホで絵を描いていたので。アナログは、透馬の影響です」
「なるほど」
東野の目が俺に向いた。
ドキリとして、背筋が伸びた。
「俺は、どっちも好きです。最初がアナログだったから、デジタルで描く時も線画までアナログで描いて取り込んだりします」
緊張して、上手く話せているか、よくわからない。
「最初からデジタルでも描ける?」
「そういう書き方もします」
「うん、いいね」
東野が、嬉しそうに笑んだ。
「虎徹先生から聞いていると思うけど、うちの大学が今年からデザイン学部を新設したんだ。俺は、高校を回って将来性のある学生を探しているんだ」
東野の目が、虎徹先生に向いた。
「ポスターも光るものがあると思っていたけど、想像以上だったよ。もしかして、他からも声が掛かってる?」
「個人情報は守秘義務があってなぁ」
虎徹先生が意味深な躱し方をした。
他のスカウトなんて聞いてないから、来ていないと思う。
「その言い回し、先生らしいなぁ」
東野が、ははっと笑った。
「武蔵埜森美大は昔ながらの日本画や油絵を中心に教えてきた大学でね。俺自身も日本画専攻だったんだ」
「東野さんも、絵を描くんですね」
「まぁ、大学で四年、学んだ程度にはね」
それは、かなりしっかり描く人だ。
「デザイン学科は、芸術性より企業性や商戦を優先した絵を教える学科だ。絵をビジネスにするために学ぶ。そういうのに嫌悪感はない?」
「俺は、あんまりないです」
龍牙が俺に視線を向けた。
「俺も、特にはないです」
元々、イラストレーター志望だ。
そういう絵を描く仕事がしたい。
「だったら、君たちは向いているよ」
東野が、大学のパンフレットを取り出す。
俺と龍牙に、それぞれ手渡した。
「君たちは、これからもっともっと上手くなる。まだまだ成長過程だ。その才能を是非、うちの大学で伸ばしてほしい」
ぞくっと背筋に寒気が走った。
嫌な寒気じゃない。何かを感じた。
(俺、この大学に行くのかもしれない)
何の根拠もない直感だ。
受け取ったパンフレットを眺めて、自然とそう思った。
「指定特待生については、二人分の枠を出す準備がある。試験はあるけど、二人ならきっと簡単にパスできるから」
「いや、そんな」
歴史ある大学の優待性試験を簡単にパスできるとは思えない。
けれど、大学の試験にも関わるであろう人が、太鼓判をくれたのは事実だ。
(俺たちには、そんなに可能性があるのかな)
自分たちの未来に、漠然とした希望を感じた。
「建優くん、ゴリ押しやめてくださいーい。生徒にも事情とかありまーす」
虎徹先生が後ろから釘を刺した。
「無理にとは、言ってないよ。二人とも二年生だし、時間がある。じっくり考えて、悩んで、それから決めてほしいんだ。何となく決める生徒ほど、リタイア率が高いからね」
東野がスケブを俺たちに返した。
「良い絵を見せてもらったよ、ありがとう。我が学び舎に迎えられる日を待っているよ」
東野に渡されたスケブを受け取る。
重たい期待と未来の希望が、乗っている気がした。
「ありがとうございました」
俺と龍牙は揃って頭を下げた。
「そんじゃ、お前らは色紙を描け~。一時まで、時間ないぞ」
「そうだった! もう、売るものないから、描かなきゃ」
虎徹先生に急かされて、思い出した。
「その色紙、買えるかな。八坂君と平野君が描いている絵を、一枚ずつ」
東野が、机の上の色紙を眺めた。
「いえ、その、差し上げます。というか、もらってください」
「ダメだよ。そこは、僕の色紙をいくらで買ってくれますか? って聞かないと」
「え?」
「デザイン学部は、売り物にするのが前提の絵を学ぶ場所だ。自分の作品という商品の価値を自分で下げちゃ、ダメだよ」
「あ……」
そんなこと、考えもしなかった。
だけど、イラストレーターになるって、きっとそういうことだ。
東野の言葉が、胸に沁みだ。
「それじゃ、百円です」
「百円でいいの? 安すぎない?」
「今朝から百円で売っているので、そこは平等に」
「なるほど。なら、百円で買わせてもらうね」
東野が二百円出して、俺と龍牙の絵を買ってくれた。
「貴重な時間をありがとう。楽しかったよ」
爽やかな笑顔で、東野建優が去って行った。
手元には大学のパンフレットと、百円玉二枚。
たった二百円なのに、重たく感じた。
パンフレットを握る手に、自然と力が入った。
「時間ないぞ~、色紙描け~」
「そうだった、色紙!」
俺と龍牙は時計を見ながら慌てて席に着いた。
「あと半日、頑張れよ」
虎徹先生に鼓舞されて、俺たちはまた色紙を描き始めた。
「はい、あります」
俺はタブレットを取り出すと、テンプレに貼る前の完成下絵を表示した。
タブレットを東野に渡した。
「ありがとう」
ニコリと笑んで、東野がタブレットに目を落とした。
(何となく、柔らかい雰囲気の人だ)
威圧感や圧迫感はない。
優しい雰囲気を醸している。けれど、緊張の糸は張り詰めているとわかる。
(本当に俺たちを見に来たんだ)
観察して、判断しに来た。
そう思ったら、一層緊張が増した。
「ファンシーな絵が多いね。今回のコンセプト?」
「あ、はい。文化祭の模擬店だし。干支の動物なら可愛い系のほうがウケがいいかもって」
「その感覚、間違ってないね」
東野が顔をあげて微笑んだ。
「デジタルもアナログも一定以上、描けるね。どっちが好き?」
「俺はデジタルのほうが好きだけど。最近はアナログも好きになってきました」
東野の問い掛けに、龍牙が先に答えた。
「それは、どうして?」
「描く機会が増えたから。昔はスマホで絵を描いていたので。アナログは、透馬の影響です」
「なるほど」
東野の目が俺に向いた。
ドキリとして、背筋が伸びた。
「俺は、どっちも好きです。最初がアナログだったから、デジタルで描く時も線画までアナログで描いて取り込んだりします」
緊張して、上手く話せているか、よくわからない。
「最初からデジタルでも描ける?」
「そういう書き方もします」
「うん、いいね」
東野が、嬉しそうに笑んだ。
「虎徹先生から聞いていると思うけど、うちの大学が今年からデザイン学部を新設したんだ。俺は、高校を回って将来性のある学生を探しているんだ」
東野の目が、虎徹先生に向いた。
「ポスターも光るものがあると思っていたけど、想像以上だったよ。もしかして、他からも声が掛かってる?」
「個人情報は守秘義務があってなぁ」
虎徹先生が意味深な躱し方をした。
他のスカウトなんて聞いてないから、来ていないと思う。
「その言い回し、先生らしいなぁ」
東野が、ははっと笑った。
「武蔵埜森美大は昔ながらの日本画や油絵を中心に教えてきた大学でね。俺自身も日本画専攻だったんだ」
「東野さんも、絵を描くんですね」
「まぁ、大学で四年、学んだ程度にはね」
それは、かなりしっかり描く人だ。
「デザイン学科は、芸術性より企業性や商戦を優先した絵を教える学科だ。絵をビジネスにするために学ぶ。そういうのに嫌悪感はない?」
「俺は、あんまりないです」
龍牙が俺に視線を向けた。
「俺も、特にはないです」
元々、イラストレーター志望だ。
そういう絵を描く仕事がしたい。
「だったら、君たちは向いているよ」
東野が、大学のパンフレットを取り出す。
俺と龍牙に、それぞれ手渡した。
「君たちは、これからもっともっと上手くなる。まだまだ成長過程だ。その才能を是非、うちの大学で伸ばしてほしい」
ぞくっと背筋に寒気が走った。
嫌な寒気じゃない。何かを感じた。
(俺、この大学に行くのかもしれない)
何の根拠もない直感だ。
受け取ったパンフレットを眺めて、自然とそう思った。
「指定特待生については、二人分の枠を出す準備がある。試験はあるけど、二人ならきっと簡単にパスできるから」
「いや、そんな」
歴史ある大学の優待性試験を簡単にパスできるとは思えない。
けれど、大学の試験にも関わるであろう人が、太鼓判をくれたのは事実だ。
(俺たちには、そんなに可能性があるのかな)
自分たちの未来に、漠然とした希望を感じた。
「建優くん、ゴリ押しやめてくださいーい。生徒にも事情とかありまーす」
虎徹先生が後ろから釘を刺した。
「無理にとは、言ってないよ。二人とも二年生だし、時間がある。じっくり考えて、悩んで、それから決めてほしいんだ。何となく決める生徒ほど、リタイア率が高いからね」
東野がスケブを俺たちに返した。
「良い絵を見せてもらったよ、ありがとう。我が学び舎に迎えられる日を待っているよ」
東野に渡されたスケブを受け取る。
重たい期待と未来の希望が、乗っている気がした。
「ありがとうございました」
俺と龍牙は揃って頭を下げた。
「そんじゃ、お前らは色紙を描け~。一時まで、時間ないぞ」
「そうだった! もう、売るものないから、描かなきゃ」
虎徹先生に急かされて、思い出した。
「その色紙、買えるかな。八坂君と平野君が描いている絵を、一枚ずつ」
東野が、机の上の色紙を眺めた。
「いえ、その、差し上げます。というか、もらってください」
「ダメだよ。そこは、僕の色紙をいくらで買ってくれますか? って聞かないと」
「え?」
「デザイン学部は、売り物にするのが前提の絵を学ぶ場所だ。自分の作品という商品の価値を自分で下げちゃ、ダメだよ」
「あ……」
そんなこと、考えもしなかった。
だけど、イラストレーターになるって、きっとそういうことだ。
東野の言葉が、胸に沁みだ。
「それじゃ、百円です」
「百円でいいの? 安すぎない?」
「今朝から百円で売っているので、そこは平等に」
「なるほど。なら、百円で買わせてもらうね」
東野が二百円出して、俺と龍牙の絵を買ってくれた。
「貴重な時間をありがとう。楽しかったよ」
爽やかな笑顔で、東野建優が去って行った。
手元には大学のパンフレットと、百円玉二枚。
たった二百円なのに、重たく感じた。
パンフレットを握る手に、自然と力が入った。
「時間ないぞ~、色紙描け~」
「そうだった、色紙!」
俺と龍牙は時計を見ながら慌てて席に着いた。
「あと半日、頑張れよ」
虎徹先生に鼓舞されて、俺たちはまた色紙を描き始めた。



