放課後アクスタ部(部員二名)

 文化祭まで、あと四日に迫った。
 俺は頭を抱えていた。

「どんな絵を描けばいいんだろう」
「俺は二人のミニキャラで押す」

 龍牙がサラサラとペンを動かす。

「でもさ、見てもらうなら、デジ絵もあったほうがいいのかな?」
「それなら、アクスタがあるし」
「来るの、最終日の日曜って言ってたよ。売り切れちゃったら」
「見本があるし。データが残ってる」

 俺は項垂れた。
 全部、龍牙の言う通りだ。

「ダメだぁ……もう、何を描いたらいいのか、わからない」

 今から緊張して、指が動かない。

「だったらさ、描いてほしい絵があるんだけど」

 龍牙の言葉に、俺は顔をあげた。

「何なに? どんな絵?」
「俺」

 龍牙が、自分を指さした。

「どんなタッチでもいいから。俺を描いてよ」
「龍牙を……」

 自然と指がペンを持った。
 手が無意識にアタリを付けて行く。

「龍牙を描くなら……水彩っぽく、淡いタッチで描いてみたいかも」
「うん。それ、見たい」

 龍牙が微笑んだ。

(それ、その顔、描きたい)

 微笑んでいる龍牙の顔が好きだ。
 瞼に焼きつけたいけど、いつも一瞬で見逃してしまう。

(あの微笑んだ龍牙を、描きとめよう)

 さっきまで悩んでいたのが嘘のように筆が乗る。
 手が動く。ペンが滑る。

「魔法みたいだ」

 龍牙の言葉で息を吸うように描き始めた自分に、驚いた。
 同じくらいおかしくて、笑った。

「何が?」

 龍牙がペンを留めて、顔を上げた。
 その顔が可愛くみえて、得した気分になる。

「ん、内緒」

 内緒にする意味なんかない。
 でも今はまだ、この魔法は俺だけの秘密にしておく。
 じゃないと、魔法がきかなくなりそうだから。


 文化祭三日前。
 今日は龍牙がバイトでいない。
 そういう日は部室にいかない日が多いけど。
 今日は珍しく一人で来ていた。

 いつもの席に座って、向かいに座る龍牙を思い浮かべる。
 
(甘えたい時は、隣に座るんだよな)

 俺の肩に頭を置いたり、顔をスリスリしたりする。
 そういう仕草をする龍牙は、とても可愛い。

(でも龍牙は、俺のほうがずっと可愛いっていう)

 自分では可愛い仕草とかしているつもりがないから、よくわからない。

(甘えている時も、龍牙はあんまり笑わないなぁ)

 思い出の中の龍牙を探す。
 照れている顔はよく見るけれど。
 本当に時々にしか、笑わない。

(俺が見逃しているのかな。いやいや、それはない)

 好きな人の好きな表情を見逃すとか、あり得ない。
 最近はいつ笑っただろう。
 昨日だろうか。
 俺にとってはある意味レアで、ある意味いつもの龍牙だ。

「よし」

 スケッチブックを開いて、途中にしている龍牙の絵を描き始めた。
 髪の流れもピアスの位置も個数も、見なくても描ける。

「でも、やっぱり表情は、本人を見て描きたいな」

 顔だけのっぺらぼうにして、俺は龍牙を描き続けた。


 文化祭前日。
 今年の文化祭は土日の二日間だ。
 一般来場もあるから、きっと人がいっぱい来る。

「アクスタは、明日の朝、俺が持ってくる。開会式が始まる前に、並べよう」
「りょ。机の位置、こんな感じ?」
「うん。入口に向けて平行に置いて。入ってすぐお客さんがアクスタ見えるように並べる」
「おけ」

 今日は龍牙と一緒に、売り場作りだ。

「うちのクラス、作品展示で良かったね」

 芸術の選択科目で作った作品を展示するだけなので、当日の人員が少なくて済む。
 
「文化部、多いから。みんなそっちに行きたいんだろうな」
 
 机と椅子を移動し終えて、互いに椅子に座る。
 準備がこれだけなのも、楽でいい。
 龍牙が文化祭のしおりを手に取った。

「B組、迷路のお化け屋敷だ。凝ってそう」
「確かに。凝り性多そうだもんね」
「三年生のクラスで、わんにゃんカフェだって」
「それ、犬と猫の仮装らしいよ」
「マジか。猫耳だけ貸して欲しいな」
「なんで?」

 龍牙が俺をじっと見詰めた。

「似合うと思う」
「それは流石に、痛くない?」

 高校生男子が猫耳を付けているのも、如何なものだろう。

「猫耳付けて売る?」
「干支に猫、いないから?」
「そう、それ」
「ふふっ」

 思わず吹き出した。

「龍牙が猫耳付けてる姿は見たい」
「透馬のほうが似合う」
「えー」

 龍牙がぼんやりとした。

「やっぱり似合う」
「あ! 今、想像した!」
「した。ごめん」

 龍牙が楽しそうに笑った。
 その顔を、俺は見逃さなかった。

「それ! そのままでいて!」
「へ? どれ?」

 スケッチブックを取り出して鉛筆を持っている間に、龍牙の顔がいつもに戻っていた。

「笑顔、消えちゃった」
「笑顔? なんで?」
「龍牙が微笑んでいる顔、描きたい。俺が一番好きな龍牙だから」
「すっ……」

 龍牙が言葉を詰まらせた。

「ねぇ、笑って」
「そう言われても……急には笑えない」

 顔を手で隠しながら、龍牙が俯いた。

「俯いちゃダメだってば。今日仕上げないと、間に合わない」
「そうだけど」

 龍牙がちらりと俺のスケブを覗いた。

「他には、何枚描いた?」
「五枚。龍牙が六枚目」
「充分では?」
「龍牙は何枚描いた?」
「俺、三枚しか描けなかった」

 俺は龍牙の絵を思い出していた。

「三枚でも、かなり凝ってたし細かいし、色もめちゃめちゃ塗り込んでたから、充分な気がする」
「透馬だってそうじゃん」
「俺は龍牙ほど丁寧に描いてない気がする。んー……」

 俺は龍牙をじっと見詰めた。

「龍牙の笑顔は、絶対描きたい」

 龍牙が困った顔で目を逸らした。

「じゃぁ……」

 龍牙が耳元で、こしょこしょと囁いた。
 聞こえた言葉に、俺の顔が熱くなった。

「それしてくれたら、笑えそう」
「それ……でも、それ」

 俺は思わず周囲を見回した。

「二人しかいねぇし」
「でも、でも」
「俺しか見てねぇし、聞いてねぇし」

 龍牙が俺を見詰めている。
 全然、目を逸らしてくれない。

「わ、わかった」

 俺は拳を握ると、意を決して龍牙に寄った。

「……好きだよ」

 耳元で囁いて、頬にちゅっと口付ける。
 淡雪みたいなキスをして、顔を離した。

「こ、こんな感じ?」

 じっと黙っていた龍牙の顔が、見る間に赤くなった。

「やっば……可愛い」

 龍牙の腕が伸びて来て、きゅっと抱きしめられた。

「待て、龍牙。笑顔は?」
「嬉しくて、それどころじゃない」

 龍牙が抱く腕を強める。
 ぎゅっとされて、動けなくなった。

「龍牙、狡い」
「狡くていい。好き」

 耳朶にキスされて、ピクリと体が跳ねる。

(狡い……けど、嬉しいから、いい)

 こういうのを許す俺も大概、龍牙が好きだ。

 結局、龍牙の笑顔の絵は俺の思い出の中から引っ張り出した表情になった。
 龍牙の笑顔を一番見ているのは俺だから、間違ってはいないはずだ。
 俺だけが知っている、最高の龍牙だ。