楽しかった連休が終わって、日常に戻った。
俺たちはというと、スケブのイラスト作成が忙しい。
「コピック楽しい」
龍牙が手を動かしながら呟いた。
「龍牙は何を描いてるの?」
龍牙のスケブを覗き込む。
「俺と透馬のミニキャラとか。キャラ化した等身とか」
「それ、何枚目」
「二枚目。全部これで描こうと思う」
龍牙の背中から本気のオーラが漂ている。
(俺たちのミニキャラ、気に入ったんだ)
実際、めちゃくちゃ上手いし、可愛い。
龍牙の目に俺はこんな風に見えているんだと思うと、ちょっとくすぐったい。
(でも、嬉しい)
文化祭当日、たくさんの人に龍牙が描いた俺たちのミニキャラを見ていってほしい。
(スケブのスライドショー提案して、良かった)
自然と、笑みがこぼれた。
――コンコン
美術準備室の扉がノックされた。
「お、描いてんな」
入ってきたのは、顧問の速水虎徹先生だった。
「どうしたの、先生」
「めっちゃ久し振り」
部活を覗きに来ることなんか、最近は滅多にないから、驚いた。
「放置してて悪いけどな。俺、美術部とアクスタ部、両方顧問してんの。忙しいのよ、許して」
虎徹先生が椅子を引っ張って、俺の隣に腰掛けた。
「アクスタ、仕上がったのか?」
虎徹先生に問い掛けられて、俺たちは二人揃って頷いた。
「だから今は、当日展示するイラスト描いてる」
俺は虎徹先生にスケブを見せた。
「本当に絵が好きだねぇ、お前ら。最高だよ」
虎徹先生が楽しそうにスケブを捲る。
何のかんの、先生も絵が好きだと思う。
美術の先生だし、当然だけど。
「でさぁ、お前ら二人に、ちょっと面白い話が舞い込んできてさ」
俺と龍牙は身構えた。
教師が持ってくる面白い話は、大抵面白くない。
「そう、身構えんなって。悪い話じゃないよ」
虎徹先生が、持っていたスケブを机に置いた。
「うちの高校の卒業生に、武蔵埜森美大の理事長の息子がいるんだよ。本人も美大卒で、今は大学の運営に関わっているんだけどさ。文化祭のポスター見て興味持ったらしくて、俺に連絡してきたのよ」
虎徹先生がスマホを見せてくれた。
武蔵埜森美大のホームページだ。
「今年から、新しくデザイン学部がオープンしたんだって」
「デザイン学部……」
武蔵埜森美大は翔陽高校から電車で一駅の近場にある。
古い私立の大学で、油絵や日本画のイメージが強かった。
「デザイン学部って、デジタル絵とかメインの?」
龍牙の問い掛けに、虎徹先生が頷いた。
「そうそう。絵をビジネスにする人のための学部な」
いわゆる専門学校で教えるような仕事の絵を教える学部だ。
他の美大には既に常設されている。
「デザイン学部の指定特待生候補を探してるんだって。他の作品を見せてもらえないかって連絡が、俺んとこに来た」
「それ、俺たちの絵?」
「そう、君たち二人ね」
俺は、パチパチと瞬きした。
いまいち、実感がわかない。
龍牙も、ぼんやりした顔をしている。
「で、文化祭で会いに来るって話してたからさ。何枚か絵を描いておけと言いに来たわけだ。そしたら、二人とももう描いてるから、優秀だなと先生は思った」
「いや、そういう事情は知らないけど」
完全に偶然の産物でしかない。
「そういう人に見てもらえるのは、嬉しいけど。美大に行くとかは、わからないし」
専門学校に行きたいという話すら親に切り出せないのに。
美大に行きたいなんて、言えるはずがない。
(興味は、かなりあるけど、でも)
それに、龍牙はもっと言えないだろう。
お母さんに金の心配をさせたくないから就職すると言っていたくらいだ。
「お前らにとって良い話ってのはさ、指定特待生候補になれる可能性があるって話なのよ」
「指定特待生候補って、何?」
「指定特待生として試験に受かれば、入学金と学費が免除になる。その候補に入れるかもって話」
「えぇ!」
龍牙が、大きな声で叫んだ。
「もちろんまだ確定じゃない。文化祭で作品を見てもらって、大学側が指定すれば、その先に特待生試験って流れだ」
「凄い、ね」
「そうだろ。そんな好条件をぶら下げて、まずは二人の作品を見せてほしいって美大側が言ってきたのが、凄いよな」
俺は口を開けて呆けた。
凄すぎて、言葉が出なかった。
「俺は、二人にとっていい話だと思うけどね」
「観て欲しい」
龍牙がはっきりと答えた。
「透馬の絵を見て欲しい」
龍牙の真っ直ぐな瞳が、虎徹先生に向いていた。
「お前はどうなの、平野。美大、興味ないか?」
「俺は……就職の予定だし」
龍牙が、すぃと目を逸らした。
「でも……さ。入学金と学費免除なら、何とかなりそうじゃない?」
俺の問い掛けに、龍牙が唇を噛んだ。
「俺は、龍牙の絵も俺の絵も見て欲しいよ。デザイン学科に入れる実力が俺たちにあるんなら、二人で美大に行きたい」
「え……」
龍牙が顔を上げた。
「そうだよな。二人とも、本当は絵を描き続けていたいだろ。好きだもんな」
虎徹先生が頷いた。
「正直、俺は実力充分だと思うよ。文化祭のポスターを見ただけでこんな話が舞い込むなんて、普通はない」
虎徹先生がスマホの画面を切り替えた。
俺たちが描いた文化祭の絵だ。
「それくらい、この絵には人を惹きつける魅力があったってことだ。カリスマ性ってやつだね」
「カリスマ性……」
そんな大それたものが、俺たちにあるんだろうか。
実感が湧かない。
「だからさ、前向きに検討してみろ。絵は気軽に見てもらえばいい。考えるのは、それからでも遅くないから、な」
「はい……」
「わかりました」
呆ける俺たちを眺めて、虎徹先生が立ち上がった。
「絵の続きは、意識しないで楽しく描けよ。そのままのお前らを観てもらえばいいんだから」
そう言い残して、先生は部屋を出て行った。
俺と龍牙は顔を見合わせた。
何を言っていいかわからなくて、しばらく二人とも無言だった。
俺たちはというと、スケブのイラスト作成が忙しい。
「コピック楽しい」
龍牙が手を動かしながら呟いた。
「龍牙は何を描いてるの?」
龍牙のスケブを覗き込む。
「俺と透馬のミニキャラとか。キャラ化した等身とか」
「それ、何枚目」
「二枚目。全部これで描こうと思う」
龍牙の背中から本気のオーラが漂ている。
(俺たちのミニキャラ、気に入ったんだ)
実際、めちゃくちゃ上手いし、可愛い。
龍牙の目に俺はこんな風に見えているんだと思うと、ちょっとくすぐったい。
(でも、嬉しい)
文化祭当日、たくさんの人に龍牙が描いた俺たちのミニキャラを見ていってほしい。
(スケブのスライドショー提案して、良かった)
自然と、笑みがこぼれた。
――コンコン
美術準備室の扉がノックされた。
「お、描いてんな」
入ってきたのは、顧問の速水虎徹先生だった。
「どうしたの、先生」
「めっちゃ久し振り」
部活を覗きに来ることなんか、最近は滅多にないから、驚いた。
「放置してて悪いけどな。俺、美術部とアクスタ部、両方顧問してんの。忙しいのよ、許して」
虎徹先生が椅子を引っ張って、俺の隣に腰掛けた。
「アクスタ、仕上がったのか?」
虎徹先生に問い掛けられて、俺たちは二人揃って頷いた。
「だから今は、当日展示するイラスト描いてる」
俺は虎徹先生にスケブを見せた。
「本当に絵が好きだねぇ、お前ら。最高だよ」
虎徹先生が楽しそうにスケブを捲る。
何のかんの、先生も絵が好きだと思う。
美術の先生だし、当然だけど。
「でさぁ、お前ら二人に、ちょっと面白い話が舞い込んできてさ」
俺と龍牙は身構えた。
教師が持ってくる面白い話は、大抵面白くない。
「そう、身構えんなって。悪い話じゃないよ」
虎徹先生が、持っていたスケブを机に置いた。
「うちの高校の卒業生に、武蔵埜森美大の理事長の息子がいるんだよ。本人も美大卒で、今は大学の運営に関わっているんだけどさ。文化祭のポスター見て興味持ったらしくて、俺に連絡してきたのよ」
虎徹先生がスマホを見せてくれた。
武蔵埜森美大のホームページだ。
「今年から、新しくデザイン学部がオープンしたんだって」
「デザイン学部……」
武蔵埜森美大は翔陽高校から電車で一駅の近場にある。
古い私立の大学で、油絵や日本画のイメージが強かった。
「デザイン学部って、デジタル絵とかメインの?」
龍牙の問い掛けに、虎徹先生が頷いた。
「そうそう。絵をビジネスにする人のための学部な」
いわゆる専門学校で教えるような仕事の絵を教える学部だ。
他の美大には既に常設されている。
「デザイン学部の指定特待生候補を探してるんだって。他の作品を見せてもらえないかって連絡が、俺んとこに来た」
「それ、俺たちの絵?」
「そう、君たち二人ね」
俺は、パチパチと瞬きした。
いまいち、実感がわかない。
龍牙も、ぼんやりした顔をしている。
「で、文化祭で会いに来るって話してたからさ。何枚か絵を描いておけと言いに来たわけだ。そしたら、二人とももう描いてるから、優秀だなと先生は思った」
「いや、そういう事情は知らないけど」
完全に偶然の産物でしかない。
「そういう人に見てもらえるのは、嬉しいけど。美大に行くとかは、わからないし」
専門学校に行きたいという話すら親に切り出せないのに。
美大に行きたいなんて、言えるはずがない。
(興味は、かなりあるけど、でも)
それに、龍牙はもっと言えないだろう。
お母さんに金の心配をさせたくないから就職すると言っていたくらいだ。
「お前らにとって良い話ってのはさ、指定特待生候補になれる可能性があるって話なのよ」
「指定特待生候補って、何?」
「指定特待生として試験に受かれば、入学金と学費が免除になる。その候補に入れるかもって話」
「えぇ!」
龍牙が、大きな声で叫んだ。
「もちろんまだ確定じゃない。文化祭で作品を見てもらって、大学側が指定すれば、その先に特待生試験って流れだ」
「凄い、ね」
「そうだろ。そんな好条件をぶら下げて、まずは二人の作品を見せてほしいって美大側が言ってきたのが、凄いよな」
俺は口を開けて呆けた。
凄すぎて、言葉が出なかった。
「俺は、二人にとっていい話だと思うけどね」
「観て欲しい」
龍牙がはっきりと答えた。
「透馬の絵を見て欲しい」
龍牙の真っ直ぐな瞳が、虎徹先生に向いていた。
「お前はどうなの、平野。美大、興味ないか?」
「俺は……就職の予定だし」
龍牙が、すぃと目を逸らした。
「でも……さ。入学金と学費免除なら、何とかなりそうじゃない?」
俺の問い掛けに、龍牙が唇を噛んだ。
「俺は、龍牙の絵も俺の絵も見て欲しいよ。デザイン学科に入れる実力が俺たちにあるんなら、二人で美大に行きたい」
「え……」
龍牙が顔を上げた。
「そうだよな。二人とも、本当は絵を描き続けていたいだろ。好きだもんな」
虎徹先生が頷いた。
「正直、俺は実力充分だと思うよ。文化祭のポスターを見ただけでこんな話が舞い込むなんて、普通はない」
虎徹先生がスマホの画面を切り替えた。
俺たちが描いた文化祭の絵だ。
「それくらい、この絵には人を惹きつける魅力があったってことだ。カリスマ性ってやつだね」
「カリスマ性……」
そんな大それたものが、俺たちにあるんだろうか。
実感が湧かない。
「だからさ、前向きに検討してみろ。絵は気軽に見てもらえばいい。考えるのは、それからでも遅くないから、な」
「はい……」
「わかりました」
呆ける俺たちを眺めて、虎徹先生が立ち上がった。
「絵の続きは、意識しないで楽しく描けよ。そのままのお前らを観てもらえばいいんだから」
そう言い残して、先生は部屋を出て行った。
俺と龍牙は顔を見合わせた。
何を言っていいかわからなくて、しばらく二人とも無言だった。



