放課後アクスタ部(部員二名)

「透馬、龍牙君、ご飯できたわよ~」

 母さんの声が一階から聞こえた。

「はーい」

 返事をしてから、改めて梱包したアクスタを眺める。

「ヤバい、まだ半分も終わってない」

 単純作業だけど、丁寧にやっていると時間がかかる。

「でも、これなら今日中には終わりそう」
「だな。飯食ってから再開しよう」

 俺たちは一階のダイニングに下りた。

 テーブルに置かれた食事を眺めて、龍牙が軽く感動していた。

「オムライスに目玉焼きが乗ってる」
「目玉焼きオムライス。うちの定番メニュー」
「目玉焼き、半熟だ」

 龍牙が目玉焼きをフルフルと揺らす。
 嬉しそうだ。

「喜んでくれてよかったわ。いただきましょうか」
「いただきます」

 皆でいただきますをして、食事を始める。

「チキンライス、うま!」

 最初の一口を頬張った龍牙が、小さく叫んだ。

「うふふ、今日はオムライスビックサイズにしたのよ。すぐ作れるから、足りなかったら言ってね」
「ありがとうございます」

 龍牙がちいさくペコリと頭を下げた。

「龍牙君は、もしかして料理するの?」
「簡単な物なら作ります。母さん、忙しい時とか。俺しかいない時とか」

 父さんの質問に龍牙が普通に答えている。
 こういう質問、嫌じゃないかなって思うけど、龍牙は案外普通だ。

「お母さんがお忙しい時は、うちに食べに来ればいいわ」

 母さんが、にこやかに龍牙を誘う。

「そうだよ。彼氏の家なんだから、いつでも来たらいいよね」

 美兎が当然のように言った。
 俺と龍牙は味噌汁を吹き出しそうになった。

「何……言ってんだ、美兎」

 美兎は初めて龍牙に会った時から彼氏とか言っていた。
 あの頃は、ただの友達だったのに。
 あの時と同じノリだろうか。

「違うの?」

 美兎が悪気なさそうに首を傾げる。

「ちが……ちが……」

 違うとも違わないとも言えなくて、口がハクハクした。
 隣で龍牙が固まっている。
 そんな俺たちを眺めて、父さんと母さんが顔を見合わせた。

「仲良しって良いことよね」
「龍牙君、またいつでもおいで」

 母さんと父さんが口々に言った。
 これはきっとフォローというやつだ。

(気付いた? 気付かれた? 友達っていうべき?)

 だけど、いくら親の手前とはいえ、龍牙が聞いている所で友達だなんて嘘は吐きたくない。

「ありがとう、ございます。オムライス、めちゃめちゃ美味しいです」

 龍牙が、いつもの通りに返事する。
 だけど、半熟の目玉焼きは、いつの間にか割れていた。
 俺はと言えば、大好きなオムライスの味が、よくわからなかった。


 夕食と風呂を済ませて、俺たちは再度、梱包作業に取り掛かった。
 手袋をして、アクスタと台座を黙々とアルミ袋に詰めていく。

「……妹が、ごめんな」

 俺は小さな声で謝った。

「美兎ちゃん、前にもあんなこと言ってたね。冗談か本気か、わからなくてビックリした」

 龍牙がクスリと笑んだ。

「冗談だと思うんだけど。今度、叱っておく。ごめん……」

 そう言って、俺は唇を噛んだ。

「……違う。ごめんは、そうじゃなくて。父さんと母さんに、恋人って紹介できなかった。ごめん」

 叱りたいのは、美兎の冗談じゃない。
 本当のことを打ち明けられない、情けない自分だ。

「いいよ。そういうのは、ゆっくりやっていこうって話したばっか」
「そうだけど」

 うちの親は、恐らくだけど同性愛にも寛容で、話すチャンスはあった。
 そのチャンスを生かせなかったチキンな自分が嫌になる。

「俺、龍牙との関係、大事にしたい」
「俺も、そうだよ」
「変なことでギスギスしたり、壊したりしたくない」
「ギスギスなんか、してないよ」
「うん」

 俺はまた、唇を噛んだ。

(俺が悔しいのは、胸を張って龍牙を恋人だって言えない、自分自身なんだ)

 皆に俺の彼氏だって知ってほしい。
 見せびらかしたいし、自慢したい。
 だけど、まだ周囲の目が怖い。

「透馬、ちょっと休憩しよ」

 龍牙が、手袋を外した。

「え? うん」

 ゴム手袋を外していたら、龍牙の腕が伸びて来て、後ろから抱きしめられた。

「うわ!」

 思わず叫んだ自分の口を覆う。

「周りにわかってほしいって思うのは、俺も同じ。でも怖いって思うのも、同じだから」

 耳元で龍牙の声が聞こえる。
 近すぎて、ドキドキする。

「うちの母さんは、きっと透馬のお父さんとお母さんより驚くと思うから。俺はきっと、透馬以上に話すの悩むと思う」
「……うん」

 ひとり親で育ててくれているお母さんを大事にしている龍牙だ。
 慎重になるのは、当然だ。

「嫌って思う?」
「思わないよ。お母さんのこと、ちゃんと大事にしてる龍牙が、俺は好きだ」

 思わず振り返った。
 龍牙が、微笑んだ。

「俺も同じ。家族のこと、大事だから話すの迷う透馬、好きだなって思うし。迷う気持ちだって、同じようにわかるよ」

 じわり、と胸が甘く締まった。
 どうして龍牙は、俺が欲しい言葉をこんなにもよくわかっているんだろう。

「やっぱり俺、龍牙が大好き」
「俺も、めちゃめちゃ同じ気持ち」

 龍牙の顔が近付いて、吐息が掛かった。
 唇が、ふわりと重なる。
 温かくて、どうしてか涙が流れた。

(もっと触れたい。龍牙に触れたい)

 手を伸ばして温もりを探す。
 龍牙の手が、俺の手を握ってくれた。

(龍牙は、俺が迷っていても、すぐに見つけてくれる)

 重なる唇からも、絡まる指からも、龍牙を感じる。
 それがとても安心できて、嬉しかった。