放課後アクスタ部(部員二名)

 家に着いた頃には、二人とも息が上がっていた。

「ただいまぁ」

 鍵を開けて家に入ると、人の気配がなかった。

「母さんたち、出掛けたのかな」

 リビングを覗いても誰もいない。
 エアコンも切れているから、出掛けたらしい。

「暑いから、とにかく俺の部屋に行こう」
「お邪魔します」

 龍牙が、誰もいない家に礼儀正しく上がる。

「先に部屋に行っていて。飲み物、持っていく」
「わかった」

 コップに氷を入れて、冷蔵庫から麦茶を注ぐ。
 
「あ、もしかして、公民館かな」

 冷蔵庫に張ってあるメモ書きを眺める。
 今日は公民館でバザーがあるらしい。
 手伝いに行っているのかもしれない。

 俺はフリーWi-Fiのパスワードの写真を撮って、二階に上がった。

「お待たせ~」

 部屋に入ると、龍牙が机を見詰めていた。

「あ、ごめん。勝手にエアコン付けて、勝手にスケブ見てた」
「どっちも全然いいよ。俺のスケブ、もう何回も見てるじゃん」
「うん、何回見ても、好きだなって」

 好きという言葉に、ドキリとする。
 俺は飲み物をテーブルの上に置いた。
 伸びてきた龍牙の腕が後ろから俺を抱きしめた。

「り、龍牙……」

 心臓がドキドキしすぎて、口から飛び出そうだ。

「ずっと我慢してたから……暑くて、嫌?」
「嫌じゃない」

 もぞもぞと動いて、龍牙に正面から向き合う。
 ピタっとくっ付いて、きゅっと抱き付いた。

「学校とかだと、こんな風に、できない、から」

 ドキドキして言葉が続かない。
 けど、今でないとこんな風に堂々と抱き付けない。

(母さんたち、帰ってきちゃうかな。もう少し、このままでいたいな)

 休みの日、制服じゃなくて、家に誰もいない。
 そんな状況で、気持ちがちょっと大きくなっているんだと思う。

「透馬、マジで可愛い」

 覆い隠すように、ぎゅっと強く抱き返された。

「キス、したい」
「……うん」

 おずおずと顔をあげる。
 間近に龍牙の顔があった。
 顔が近付いて、吐息が触れる。

 吐息が混じって、唇が触れそうになった瞬間。
 ガチャン、と玄関が開く音がした。

「あら? 透馬、帰ってるの?」

 一階から母さんの声が聞こえた。
 俺と龍牙は弾かれるように離れた。

「う、うん、帰ってる! 龍牙が来ているよ!」

 慌てて部屋の扉を開けて、階下に声を掛ける。

「そうなのね。ケーキ買ってきたから、後で持っていくわ」
「ありがと」

 俺は、そろそろと部屋の扉を閉めた。
 手を付いて、大きく息を吐いた。
 龍牙を振り返る。
 二人して顔を合わせる。

「ふ……ふふ」

 なんだか笑いが込み上げてきた。

「あははは」

 二人して、声をあげて笑った。

「タブレット、設定の続き、する?」
「する。お絵描きアプリ、ダウンロードできたら、線画取り込みまでしてぇな」
「うん、やろう。すぐにできるよ。これ、Wi-Fiのパスワード」
「ちょっと待って」

 龍牙がタブレットを取り出して、準備を始めた。
 俺はスケブを取って、線画のページを捲る。

「龍牙が描いた線画、一個でいいから俺、塗っていい?」
「えぇ!」

 龍牙がタブレットを落としそうになった。
 ビクリと肩が跳ねた。

「買ったばっかりなんだから、気を付けろって」

 画面が割れたらと思うと、ヒヤヒヤする。

「だって……塗ってくれんの?」
「それ、俺の台詞なんだけど。塗りは龍牙のほうが上手いじゃん」
「透馬のほうが全然、上手いから」

 龍牙が真顔だ。
 そんなに自分を卑下しなくてもいいと思う。

「十二支の内、半分ずつ塗るけど。何個かはお互いが描いたの、交換して塗ろうよ」
「……マジの合作だ」
「最初からマジの合作だからな」

 構図を龍牙がきって、線画を二人で描いた。
 充分すぎるほど合作だ。
 龍牙が驚いたような顔をしている。今更過ぎる。

「そっか、そうだよな。ポスターだって一緒に描いたんだから」

 龍牙がブツブツと何か言っている。
 コンコン、と部屋の扉がノックされた。

「透馬、開けてくれる」
「あ、うん」

 扉を開けたら、母さんがケーキとアイスコーヒーを持って立っていた。

「龍牙君、いらっしゃい」
「お邪魔してます」

 龍牙が母さんに頭を下げた。
 俺はケーキとコーヒーをテーブルの上に並べた。

「今日は急だったので、手ぶらで来ちゃって、すみません」
「まぁ、そんなこと気にしなくていいのよ。いつでも気軽に手ぶらで来てね」

 頭を下げる龍牙に、母さんが笑った。

「そういえば、公民館に翔陽高校の文化祭のポスター、貼ってあったわ。うちの息子と友達が描いたのって言ったら、皆に褒められちゃったわ。母さん、鼻高々だったわよ」

 母さんがニコニコ顔で嬉しそうに語る。
 飲み込もうとしたコーヒーを吹き出しそうになった。

「なっ……なっ」
「公民館にも貼ってくれているんですね。嬉しいです」

 龍牙がニコリと笑んだ。
 何というか、外向きの顔だ。

「次はアクスタね。連休ならいつでも機械を動かしてやるって、父さんもノリノリだったから。頑張りなさいよ」
「うん、がんばるよ」

 母さんに肩を叩かれて、体が前にのめった。

「龍牙くん、夕飯食べていく?」
「お気持ちは嬉しいんですが、今日は母が家にいると思うので、帰ります」
「まぁ、そうなのね。次の機会には、是非食べていってね」
「はい、ありがとうございます」

 何度か会話の応酬をして、母さんは部屋を出て行った。
 龍牙は母さんと仲がいい。
 見た目はヤンキーだけど、礼儀正しいからだろうか。

「公民館にも貼ってあるんだ。すげぇな」

 龍牙が俺を振り返った。

「小関先輩の話は、本当だった」

 別に嘘だと思っていたわけじゃないけど。
 改めて、規模の大きさに恐縮する。

「アクスタも、頑張ろ」

 龍牙が俺の手を握った。
 大きな手の温もりに包まれた。

(この手に握られるの、好きだな)

「うん……頑張ろ」

 頷くと、俺は自分のタブレットのペンタブを持った。

「今日中にペンタブの使い方に慣れてもらう」
「急にスパルタになった」

 二人で笑い合う。
 俺たちはペンタブの練習を始めた。
 お預けになったキスは残念だったけど、一緒にいられるだけで十分だ