九月に入り、二学期が始まった。
俺たちは変わらず放課後、アクスタ作りに勤しんでいる。
「線画は、こんな感じでいいかな」
十二支総ての線画が描き上がった。
龍牙と二人で直しながら、ようやくここまで仕上がった。
「線画だけでも、すげぇ。可愛いし、迫力ある」
何となく真逆のことを言っているようにも聞こえるが、わかる気がする。
「龍牙、かなり絵が上達したよな。前と比べると、線の引き方から違う」
線画は俺だけじゃなくて、龍牙にもいくつか描いてもらった。
以前のちょっと弱々しい感じが消えて、絵が堂々としたと思う。
「透馬の絵、めちゃめちゃ参考にしてる。ぶっちゃけ、真似してる」
「そうなの? 似てないけど」
俺の真似というより、これはもう龍牙の絵だ。
「巧すぎて真似しきれない。マジ神」
龍牙がプルプル震えている。
オタクモードに入った。
「褒めすぎだって。龍牙が描き方を自分のものにできてるってことじゃん」
「本当に俺の線画でいいの? 透馬、描き直す?」
龍牙が自信なさげに眉を下げた。
こんな顔をするの、きっと絵に関してだけだ。
「そんなわけないし。俺は最高に気に入ってるから、このまま色、塗るよ」
龍牙が、ひゅっと息を吸った。
「透馬に気に入ってるとかいってもらえんの、マジ御褒美」
龍牙の肩が恐縮している。
もっと自信を持ってもいいのに。
龍か蛇かわからない絵を描いていた頃に比べたら、別人レベルで上達しているんだから。
「じゃぁ……御褒美、追加」
龍牙の肩に手をかけて、頬にちゅっとキスをした。
龍牙の肩が、ビクリと震えた。
「それ、狡……最高の、御褒美」
龍牙の腕が伸びて来て、俺の肩をぎゅっと抱きしめた。
これじゃ、俺にとっても御褒美だ。
俺は龍牙の背中に腕を伸ばした。
「コンコン、失礼しまーす」
黄色い声が響いて、扉が開いた。
俺と龍牙は弾かれたように離れた。
「あれれ? 先輩方、慌ててますかぁ?」
ニヤリとして立っていたのは、美術部一年の金井萌香だった。
「イチャイチャする時は鍵をかけないと危険ですよ」
何故か龍牙の耳元で、こっそりと忠告する。
仕草はこっそりなのに、声は普通だから俺にも聞こえた。
「危険なのは、金井さんだよね」
龍牙が呆れたように返した。
「金井の言う通りだよ。もうちょっと人目を気にしなさいよ」
後ろから入ってきたのは美術部部長の矢代羊子先輩だ。
訳知り顔で、訳を知っている口調なのが気になる。
「ここって美術準備室なんだから、美術部員が道具を取りに来たりするよ」
そう言いながら、矢代先輩が部屋の隅にあるイーゼルを手に取った。
「そんなにたくさん、備品置いてないし。今まで入って来なかったし!」
七月から夏休みまで、散々この部屋で部活動しているが、美術部員が乱入してきたのは初めてだ。
「皆、平野が怖くてコソコソしてただけだよ」
矢代先輩が、さらりと答えた。
「平野先輩は怖くないよって、私が教えてあげました!」
金井が元気っこ的に手を挙げる。
俺にとっては不穏でしかない言葉だ。
「え……それ、さ。金井さん。その……教えたっていうのは、何をどこまで」
チラチラと矢代を伺いながら確認する。
「そっちは、何も話してません。でも、矢代先輩は気付いてますよね?」
金井がニコニコと問い掛ける。
「気付くっていうか、何となくっていうか。本当にそうなんだって、今わかった」
「なっ……」
どうやら墓穴を掘ったらしい。
「気を付けなよ。世の中って、思うほど優しくない。八坂は、わかっていると思うけど」
矢代先輩の視線で、頭を過った。
ポスターを水浸しにするほど、俺を恨んでいる人がいる。
「それから、特賞おめでとう。文化祭のメインポスター、候補の四枚の中だったら、ダントツであの絵だった」
「ありがとう、ございます」
俺に続いて、龍牙がぺこりと頭を下げた。
「美術部も出していたからね。正直、めっちゃ悔しい。でも、良い絵だったよ」
矢代先輩が、ニコリと笑った。
胸に熱いものが込み上げる。
目頭が熱くなった。流れそうになる涙を、ぐっと堪えた。
「文化祭、アクスタ出すんでしょ?」
「はい。今日から色塗り始めようと思って」
「そっか。楽しみにしてるね。頑張れ、アクスタ部」
矢代先輩がにこやかに去って行った。
「それじゃ、失礼しまーす」
ドアノブを握った金井が振り返った。
「私、八坂先輩と平野先輩を推すって決めたので。鍵かけないと覗きに来ますよ。龍馬、尊いです」
「龍、馬……」
何となく知っている。
攻めが左で受けが右のヤツだ。
そんな、歴史上の偉人みたいな言い方をされても困る。
手を振って美術室に戻った金井を見送った後、しっかりと鍵をかけた。
「元気というか、逞しいというか」
でも、落ち込んでいなくて良かったかもしれない。
金井は自分の気持ちを知るきっかけをくれた人だから。
機会があったらお礼を言いたいけど、それはそれで失礼な気もする。
(普通にしているのが、一番かな)
そう考えて、自分の中で折り合いをつけた。
「透馬、俺……」
龍牙が、ぽそりと呟いた。
「え? あ、龍馬、気にしてる? あれは、その」
どう説明したものか、困る。
龍牙はきっと、そういう知識はないと思う。
「俺、初めて絵を描いて嬉しいって思ったかも」
「え?」
「小関先輩に特賞もらった時も嬉しかったけど、矢代先輩の言葉も嬉しかった。描いたのは、透馬なのにな」
龍牙が、ごしっと目尻を擦った。
「俺だけで描いたんじゃない。あれは二人の絵だ。龍牙の構図も、一緒にやった色塗りも、同じに評価されているんだよ」
俺は龍牙の肩を掴んだ。
「うん……そうだよな」
俺を見上げて、龍牙が笑った。
その顔がすっきりしていて、また胸が熱くなった。
二人で描いたポスターを、自分の実力を、龍牙がやっと受け入れてくれたように感じて嬉しかった。
俺たちは変わらず放課後、アクスタ作りに勤しんでいる。
「線画は、こんな感じでいいかな」
十二支総ての線画が描き上がった。
龍牙と二人で直しながら、ようやくここまで仕上がった。
「線画だけでも、すげぇ。可愛いし、迫力ある」
何となく真逆のことを言っているようにも聞こえるが、わかる気がする。
「龍牙、かなり絵が上達したよな。前と比べると、線の引き方から違う」
線画は俺だけじゃなくて、龍牙にもいくつか描いてもらった。
以前のちょっと弱々しい感じが消えて、絵が堂々としたと思う。
「透馬の絵、めちゃめちゃ参考にしてる。ぶっちゃけ、真似してる」
「そうなの? 似てないけど」
俺の真似というより、これはもう龍牙の絵だ。
「巧すぎて真似しきれない。マジ神」
龍牙がプルプル震えている。
オタクモードに入った。
「褒めすぎだって。龍牙が描き方を自分のものにできてるってことじゃん」
「本当に俺の線画でいいの? 透馬、描き直す?」
龍牙が自信なさげに眉を下げた。
こんな顔をするの、きっと絵に関してだけだ。
「そんなわけないし。俺は最高に気に入ってるから、このまま色、塗るよ」
龍牙が、ひゅっと息を吸った。
「透馬に気に入ってるとかいってもらえんの、マジ御褒美」
龍牙の肩が恐縮している。
もっと自信を持ってもいいのに。
龍か蛇かわからない絵を描いていた頃に比べたら、別人レベルで上達しているんだから。
「じゃぁ……御褒美、追加」
龍牙の肩に手をかけて、頬にちゅっとキスをした。
龍牙の肩が、ビクリと震えた。
「それ、狡……最高の、御褒美」
龍牙の腕が伸びて来て、俺の肩をぎゅっと抱きしめた。
これじゃ、俺にとっても御褒美だ。
俺は龍牙の背中に腕を伸ばした。
「コンコン、失礼しまーす」
黄色い声が響いて、扉が開いた。
俺と龍牙は弾かれたように離れた。
「あれれ? 先輩方、慌ててますかぁ?」
ニヤリとして立っていたのは、美術部一年の金井萌香だった。
「イチャイチャする時は鍵をかけないと危険ですよ」
何故か龍牙の耳元で、こっそりと忠告する。
仕草はこっそりなのに、声は普通だから俺にも聞こえた。
「危険なのは、金井さんだよね」
龍牙が呆れたように返した。
「金井の言う通りだよ。もうちょっと人目を気にしなさいよ」
後ろから入ってきたのは美術部部長の矢代羊子先輩だ。
訳知り顔で、訳を知っている口調なのが気になる。
「ここって美術準備室なんだから、美術部員が道具を取りに来たりするよ」
そう言いながら、矢代先輩が部屋の隅にあるイーゼルを手に取った。
「そんなにたくさん、備品置いてないし。今まで入って来なかったし!」
七月から夏休みまで、散々この部屋で部活動しているが、美術部員が乱入してきたのは初めてだ。
「皆、平野が怖くてコソコソしてただけだよ」
矢代先輩が、さらりと答えた。
「平野先輩は怖くないよって、私が教えてあげました!」
金井が元気っこ的に手を挙げる。
俺にとっては不穏でしかない言葉だ。
「え……それ、さ。金井さん。その……教えたっていうのは、何をどこまで」
チラチラと矢代を伺いながら確認する。
「そっちは、何も話してません。でも、矢代先輩は気付いてますよね?」
金井がニコニコと問い掛ける。
「気付くっていうか、何となくっていうか。本当にそうなんだって、今わかった」
「なっ……」
どうやら墓穴を掘ったらしい。
「気を付けなよ。世の中って、思うほど優しくない。八坂は、わかっていると思うけど」
矢代先輩の視線で、頭を過った。
ポスターを水浸しにするほど、俺を恨んでいる人がいる。
「それから、特賞おめでとう。文化祭のメインポスター、候補の四枚の中だったら、ダントツであの絵だった」
「ありがとう、ございます」
俺に続いて、龍牙がぺこりと頭を下げた。
「美術部も出していたからね。正直、めっちゃ悔しい。でも、良い絵だったよ」
矢代先輩が、ニコリと笑った。
胸に熱いものが込み上げる。
目頭が熱くなった。流れそうになる涙を、ぐっと堪えた。
「文化祭、アクスタ出すんでしょ?」
「はい。今日から色塗り始めようと思って」
「そっか。楽しみにしてるね。頑張れ、アクスタ部」
矢代先輩がにこやかに去って行った。
「それじゃ、失礼しまーす」
ドアノブを握った金井が振り返った。
「私、八坂先輩と平野先輩を推すって決めたので。鍵かけないと覗きに来ますよ。龍馬、尊いです」
「龍、馬……」
何となく知っている。
攻めが左で受けが右のヤツだ。
そんな、歴史上の偉人みたいな言い方をされても困る。
手を振って美術室に戻った金井を見送った後、しっかりと鍵をかけた。
「元気というか、逞しいというか」
でも、落ち込んでいなくて良かったかもしれない。
金井は自分の気持ちを知るきっかけをくれた人だから。
機会があったらお礼を言いたいけど、それはそれで失礼な気もする。
(普通にしているのが、一番かな)
そう考えて、自分の中で折り合いをつけた。
「透馬、俺……」
龍牙が、ぽそりと呟いた。
「え? あ、龍馬、気にしてる? あれは、その」
どう説明したものか、困る。
龍牙はきっと、そういう知識はないと思う。
「俺、初めて絵を描いて嬉しいって思ったかも」
「え?」
「小関先輩に特賞もらった時も嬉しかったけど、矢代先輩の言葉も嬉しかった。描いたのは、透馬なのにな」
龍牙が、ごしっと目尻を擦った。
「俺だけで描いたんじゃない。あれは二人の絵だ。龍牙の構図も、一緒にやった色塗りも、同じに評価されているんだよ」
俺は龍牙の肩を掴んだ。
「うん……そうだよな」
俺を見上げて、龍牙が笑った。
その顔がすっきりしていて、また胸が熱くなった。
二人で描いたポスターを、自分の実力を、龍牙がやっと受け入れてくれたように感じて嬉しかった。



