放課後アクスタ部(部員二名)

「私もアクスタ部、入りたいな」
「え! それは……」

 ダメと即答しそうになった。
 龍牙との心地よい空間に、誰にも入ってきてほしくない。

「黙々と絵を描いているだけで、楽しくないよ」
「それは美術部も同じです」

 金井がクスクスと笑った。
 確かに、その通りだ。

「もう一度、八坂先輩と部活したいな。一緒に絵を描いているの、楽しかったから」
「え? 俺? 龍牙じゃなくて?」
「平野先輩は格好良いけど、お話とかしたことないです」
「まぁ、そうだよね」

 ちょっと、ほっとした。
 仲良しです、なんて言われたら、またモヤモヤする。

「むしろ平野先輩が羨ましいです。夏休み中、八坂先輩を独り占めなんて、狡いな」
「いや別に、独り占めされてるわけでは」

 あるかもしれない。
 よくよく考えれば、夏休みはほぼ龍牙と一緒だ。

「八坂先輩、美術部に戻ってきませんか? 掛け持ちでいいから、一緒に部活やりましょう」
「いや、美術部はもう、いいかな。今やりたいこととは、違うんだ」
「恋人とか、いるんですか?」

 突然の質問に、ドクリと心臓が跳ねた。

「い、いないよ。何で急にそんな話になるの?」
「恋人がいるから、美術部は無理なのかなって」
「そうじゃないよ」

 会話が急展開過ぎて、付いていけない。

「そもそもアクスタ部が忙しいから、恋人なんか作れないよ」

 そうだ、龍牙は恋人じゃない。友達だ。
 俺が勝手に好きになっているだけだ。

(そっか。俺のこの気持ちがバレたら、今の心地良い関係も、終わるかもしれないんだ)

 現に今だって、中途半端な状態で逃げてきた。
 こういう風に、少しずつひび割れて壊れるのかもしれない。
 そう思ったら、とても怖かった。

「部活に理解のある彼女なら、いいですよね。例えば、私とか、どうですか?」
「……へ?」

 金井が上目遣いに俺を見詰める。
 
「美術部にいた時から、ずっと好きでした。本当は今だって、先輩を追いかけてきたんです」

 訳が分からなくて、俺はポカンと口を開けて呆けた。

「最近、ずっと平野先輩が一緒にいるから、告白する隙も無くて。今、やっと伝えられました」

 金井が、ぎゅっと拳を握った。

「ダメ……ですか?」

 潤んだ瞳に緊張を感じる。
 握った拳が小さく震えているのがわかる。
 きっと勇気を出して告白してくれている。
 そう思うのに、心が動かない。

(龍牙なら、ほんの少し触れただけでも全身が痺れるくらい嬉しいのに)

 龍牙の気持ちが知りたくて、心が痛いくらいなのに。

(好きって、こういうことなんだ)

 金井を見ていたら、自分がどれだけ龍牙を好きか、思い知らされた。

「ごめん、金井さん。俺、好きな人、いるんだ」

 声が少しだけ震えた。
 本音を言葉に乗せるのは、とても緊張する。
 それも、今、知った。

「だから……」
「君の気持には、答えられない」

 後ろから誰かが覆い被さった。

「うわぁ!」
「透馬は俺の恋人だから、あげられない」

 肩から腕を回して、龍牙に後ろから抱きしめられた。
 軽く息を切らせている。
 ここまで走ってきたのだろうか。

「こい、こい……」
「恋人……!」

 金井が口元を手で隠して、小さな声を上げた。

「やっぱりお二人って、そういう……?」
「そう、最近恋人になったばっかり」

 龍牙が金井を真っ直ぐに見詰めて、言いきった。

「揶揄われるの嫌だから、内緒にして」
「わかりました」

 龍牙のお願いに、金井がコクコク頷いた。

「失恋、ショックだけど……相手が平野先輩なら納得できるっていうか。勝てる気しないので、見守ります」

 金井がニコリと笑顔を見せた。

(ちゃんと勇気を出してくれたんだろうな。それでも笑って引いてくれるなんて、俺より大人かも)

 金井の目尻に、涙が光った気がした。

「お二人の幸せ、隣の部室でこっそり見守りますね。それじゃ」

 そそくさと手を振って、金井が帰って行った。

「えっと、龍牙」
「何してんの?」

 龍牙の声が苛立っている。

「へ?」
「部室出て行ったと思ったら、女の子に告白されてるとか、何してんの?」
「いや、それは」

 部室を出てきたのは悪いと思うが、告白は俺のせいじゃない。
 そもそも、龍牙に文句を言われる筋合いはない。
 ちょっとイラっとした。

「アドリブ、ありがとな。まさか、あんな嘘吐くとは思わなかったけど」

 龍牙が来てくれなかったら、上手く振れなかったかもしれない。
 その点は、有難いと思う。

「アドリブ……? 嘘?」

 龍牙が、眉間に皺を寄せた。

「ていうか、俺と恋人なんて嘘、勢いで言っちゃっていいの? 変な噂になったら、どうすんの?」

 金井は質の悪い性格というわけでもなさそうだから、心配ないかもしれないが。
 
(嘘でも嬉しい俺がいるんだよ。どういうつもりだよ)

 龍牙の口から恋人なんてワードが出てきただけで嬉しい。
 嘘でもそういう発想をしてくれたことが嬉しい。
 かなり重症だ。

「ちょっと、こっち」

 龍牙が俺の手首を掴んだ。
 強く引かれて、体が前のめりになった。

「ちょっ……なんだよ」
「いいから、来いって」

 腕を掴んだまま、ズンズン歩いていく。
 龍牙に引き摺られて、俺は後ろを付いていった。