放課後アクスタ部(部員二名)

 次の日からは毎日、部活の時間が宿題の時間になった。
 憂鬱すぎるので、隣にスケブを置いて時々眺めている。

「ここ、使う公式間違ってる」
「え? 最初からダメ?」
「うん、やり直し」

 数学の問題を解きながら、俺は項垂れた。
 スケブに伸ばした手を、龍牙に握られた。
 思わず、勢いよく顔を上げた。

「数学終わるまで、スケブ開くの禁止」
「そんなぁ、龍牙ぁ」
「可愛い顔しても、ダメ」

 俺の手を取って、指を絡めた。
 ドキリと胸が跳ねて、一緒に指先までビクリと震えた。
 そんな俺を、龍牙が嬉しそうに眺めている。

「龍牙、最近、スキンシップ過剰じゃね?」

 恐る恐る問い掛ける。
 花火の夜にキスをしてから、距離が近い。
 今だって隣同士で座っているし、椅子がピッタリくっ付いている。

「嫌?」
「そうじゃなくて、さ」

 俺の言葉は力なく流れた。

(キスはしたけど、好きとか言われたわけじゃない)

 一緒にいたいと言われただけだ。
 龍牙がどういうつもりで、こういうことをしてくるのかが、わからない。

(恋人って訳じゃ、ないもんな)

 自分で思って、自分でへこむ。
 そもそも俺は龍牙と恋人になりたいのか。
 それもわからない。

「俺は、もっと触れたいって思ってるよ」

 龍牙の手が俺の腰に伸びた。
 強く引かれて、龍牙の胸に体が倒れ込んだ。

「ちょ……なにして……龍牙!」

 思わず、龍牙の胸を押し返した。
 龍牙が、驚いた顔で俺を見下ろしていた。

「あ……ごめ、ん」

 いや、謝るのは俺じゃない。
 はっきり気持ちを言わないのに、こういうことをする龍牙だ。
 そう思うのに。
 そんな悲しそうな顔をされたら、何も言えなくなる。

「透馬は、こういうの、嫌?」
「こういうのって、何?」
「嬉しいのは、俺だけってこと?」
「は? どういう意味だよ」

 龍牙が何を言っているのか、わからない。
 俺の顔を眺めた龍牙が、泣きそうな顔になった。
 胸がぎゅっと締め付けられたように苦しくなった。

(そんな顔されたって。自分の気持ちを言わないのに、そういうことだけしたいって言われてるみたいで、なんだが……)

 それじゃまるで、近くにいるから俺でいいみたいだ。
 手軽に遊ばれているみたいじゃないか。
 締まった胸が、ズキンと痛くなった。

(夏祭り楽しかったし、龍牙の隣がいいって、好きかもって、思い始めていたのに)

 そう思ったら、悔しくて悲しくなった。

「俺……顔、洗ってくるから!」

 鞄の中に入れているフェイスタオルを掴むと、勢いよく立ち上がった。

「え? 待って、透馬!」

 龍牙の声を背中に聞いて、俺は美術準備室を飛び出した。

 なるべく遠くに行こうと思って、外に出た。
 運動部が使っている水道まで走った。
 バシャバシャと水浴びでもするかのように顔を洗う。

「はぁ……」

 盛大な息を吐きながら、蛇口を捻って水を止めた。

「何やってんだろ、俺」

 夏祭りの後から、龍牙はスキンシップ過剰だ。
 触れられると嬉しくて、ドキドキして、頭が真っ白になる。

「でも、好きじゃないなら」

 俺のことを何とも思っていないなら、キスなんかしてほしくない。
 毎日のように一緒にいて、居心地も良くて。
 だから、考えていなかった――龍牙の気持ちを。

(龍牙は俺のこと、どう想っているんだろう)

 俺は龍牙と、どうしたいんだろう。
 考えてもわからなくて、胸のモヤモヤが溜まっていく。

「八坂先輩?」

 声に導かれるように振り返った。
 どこかで見たことがあるような女子生徒が、こっちを見ていた。

「えっと……」
「美術部の金井萌香です。覚えていませんか?」
「あぁ、美術部の」

 イラスト同好会を辞めた後、少しの間は美術部にいた。
 美術部を辞めたのは、今年の五月頃だったと思う。
 二ヶ月くらい一緒に美術部だった後輩だ。

「どうしたんですか、こんなところで」
「えっと、暑いから顔を洗いたくて、ね」

 校舎内にも水道はいくらでもあるのに、わざわざ校庭まで出てくる必要はないが。

「金井さんは、部活帰り?」

 美術部は夏休み期間中、二週間に一回、午前中だけ部活動をしていたはずだ。
 
「はい、今日は部活でした」

 話しながら、金井がちょっとずつ俺に寄ってきた。

「アクスタ部、凄いですよね。夏休み中も毎日のように部活してるって」
「うん、まぁ。遊んでるようなもんだけど」

 実際、今日も部活ではなく宿題をしている。

「平野先輩って、もっと怖い人かと思ってました。優しい人なんですね」
「龍牙? 優しいって、何で?」

 突然躍り出た龍牙の名前に驚くより早く、問い掛けていた。

「この前、美術部のキャンバス運び、手伝ってくれたんです。美術部は女子が多いから、重い荷物を運ぶの手伝ってもらえると、助かります」
「そんなことがあったんだ」

 龍牙は何も言っていなかった。
 美術部を手伝ったことも、俺には話してくれなかった。
 そういう話くらい、してくれてもいいのに。
 小さな不満が胸に引っ掛かった。

(龍牙がヤンキー的な扱いされないのは、嬉しいけど)

 どこでも怖い人扱いされがちな龍牙だ。
 そういう真っ当な評価は、かなり嬉しい。