俺は屋上への階段を駆け上った。
鍵がかかった扉の隣の窓を、こっそりと開ける。
よじ登って、立入禁止の屋上に入った。
職員室から見えない裏側のほうに歩いていく。
「平野、いる?」
覗き込んだ。平野が壁に背を預けて座っていた。
「ん、いる」
こっちを見ながら平野が頷く。
俺はおずおずと平野の隣に座った。
今日は俺のほうから平野を呼び出した。
アクキーを返してくれた日、話をしたかったけど。平野はバイトがあるって帰っちゃったから。
「あ、あのさ」
ちょっとドキドキしながら声を掛ける。
「ん?」
平野がスマホを眺めながら返事した。
「……何、見てんの?」
俺はチラチラと目だけで平野のスマホを覗いた。
俺が呼び出したとはいえ、スマホを見ながら返事っていうのは、ちょっと傷付く。
「んー、TOMAの絵」
「へぇ……って。えぇ! それって、俺の絵」
「やっぱり、このTOMAってアカウント、八坂なんだ」
俺は自分の口元を抑えた。
平野には何となくバレているから隠すのも今更ではある。
「まさか、同じ高校の人だなんて、思わなかった」
平野が、ぽそりと呟いた。
「ていうか、高校生だと思わなかった。凄いな、八坂」
平野が顔を上げた。
あまりにも真っ直ぐに見詰められて、思わず顔を逸らした。
「べっ……別に、凄いとかは」
好きな絵を描いて、気ままにアップしているだけだ。
なんて格好良いことが言えたら、俺も何かが違うんだろうけど。
「やっぱ、嘘。ありがと、嬉しい」
見てくれる人がいるのは感動するし、褒められたら嬉しい。
しかも、アカウントで俺の絵を観ている人と直接会って話せるなんて、思っていなかった。
「でもさ、このアクキーが俺の絵だって、よく気が付いたね。かなりデフォルメしてるのに」
作ったアクキーは、普段書いている等身大の絵ではない。
動物を2Dキャラ化した、しかも可愛い系の絵だ。
「んー、目の書き方とか? あとは、ポーズとか」
それを聞いて、俺はがっくりと肩を落とした。
「やっぱ、そこかぁ。気付くならソコだと思ったんだよなぁ。俺、構図の取り方があんまりパターンなくてさ」
「うん、勿体ないなって思ってた。絵は上手いのに」
思わず顔を上げて平野を眺めた。
平野はスマホの中の俺の絵を眺めている。
「そんなん、わかっちゃうくらい、俺の絵見てんの? もしかして平野も絵を描く人?」
「わかっちゃうくらい見てるし、絵を描く人、だよ」
平野が、ポリポリと頭を描いている。
目が、若干照れているようだ。
「そうなんだ。意外……っと、ごめん」
人を見た目で判断してはいけない。
そうは思うが、とても絵を描く人には見えない。
一見して平野の外見はヤンキーだ。
「別にいいよ。自分でもそう思うから、他人には話さない」
「あ……」
ツキンと胸が痛くなった。
俺だって、アカウントや絵を描くことを周囲に内緒にしている。
(理由はわからないけど、平野にも思う所があるんだよな)
平野なりに内緒にする理由があるのだ。
理由は違っても、気持ちはわかる。
「それさ」
平野が俺のアクキーを指さした。
「馬だよね」
「え? うん、そう。俺の名前に馬って字が入ってるから。妹の名前、美兎でさ。可愛い兎を描いてって言われたのが、きっかけ」
妹のアクキーを作るついでに、自分の分も作った。
「うちの親、アクリルグッズ作る小さい工場やっていてさ。自宅の敷地内に工場があるから、時々父さんに頼んで、アクキーとかアクスタ、破材で作らせてもらうんだ」
だからなのか、両親は息子の趣味にも理解がある。
「へぇ、いいね」
平野の声が、急に実を帯びた。
さっきまでの気のない返事とは違う。俺を見詰める目が、キラキラして見える。
「……平野にも、作ろうか?」
「いいの?」
間髪入れずに返事が来た。かなり興味があるらしい。
「八坂が絵を描いてくれんの?」
「うん、描くけど」
「マジか……」
平野が口元を覆って絶句している。
「迷惑なら、無理にとは……」
「欲しい。金払う。いくら?」
平野がポケットから財布を出して広げ始めた。
「金とか、いいって。アクキー拾ってくれたお礼するよ」
慌てて平野を止めた。
「どんなデザインが良い? 描いてほしいモチーフとかある?」
「デザイン……」
呟いた平野がスマホをスワイプした。
「こういう感じの、デザインで……」
見せてくれた画面には、俺が落としたアクキーに似た構図で絵が描かれていた。
多分、龍が描いてあるんだと思うけど、蛇にも見える。
描き途中なのか、下絵状態で色が塗られていない。
「これって……龍……が、描きたかった感じ?」
「……そう」
平野が目を手で覆った。
耳が、かなり赤い。
「絵は描くけど、下手なんだよ、俺」
「え! そんなことないよ、いや、うん」
確かに、お世辞にも上手いとは言えない。
褒めようと思うと、ちょっと、いや、かなり戸惑う。
「あ! 構図取りが上手いよな。こういうの、俺は思い付かないかも」
小さな下地の中で、ちゃんと龍がうねっているように見えるのは、ポーズが上手い証拠だ。
「この構図で、俺が龍を描こうか? いい感じにアクキーにできるよ」
平野が目を見開いて、息を飲んだ。
「あ……ごめん。自分で絵を描くなら、そういうの嫌だよな」
絵描きによってはパクリと言われる行為だ。
堂々と言っていいことじゃなかった。
「描いてくれんの? 嫌じゃねぇの?」
平野が感動したような顔をしている。
「うん、平野が嫌じゃなかったら。俺は全然気にしないけど」
むしろ、構図を考えるのが苦手な俺にとっては、願ったりだ。
「描いてほしい。この構図で描いたTOMAの絵、見たい」
突然、名前を呼ばれて、ドキリとした。
(あ、そっか。ペンネ呼んだのか)
SNSにアップしているペンネームを呼ばれただけだと気が付いた。
「じゃ、決まり。その絵、俺のスマホに送って。ついでに連絡先、交換しよう」
「いいの? 交換してくれんの?」
「連絡先、知ってたほうが便利じゃん。ダメ?」
「ダメじゃない。そうだよな、うん」
頷きながら、平野がスマホを出した。
無事に連絡先を交換して、絵を送ってもらった。
「そんじゃ、イラスト描けたら連絡するよ」
「うん……」
そんな話をしていたら、ちょうど予鈴が鳴った。
「あ、昼休み終わる。教室行こう」
「うん……」
同時に立ち上がる。俺は屋上の窓に手をかけた。
「すげぇ……TOMAに描いてもらえるとか、夢みたいだ」
平野がぽそりと呟いた言葉を、俺はうまく聞き取れなかった。
けれど、その耳がずっと真っ赤だったのは、よく見えた。
鍵がかかった扉の隣の窓を、こっそりと開ける。
よじ登って、立入禁止の屋上に入った。
職員室から見えない裏側のほうに歩いていく。
「平野、いる?」
覗き込んだ。平野が壁に背を預けて座っていた。
「ん、いる」
こっちを見ながら平野が頷く。
俺はおずおずと平野の隣に座った。
今日は俺のほうから平野を呼び出した。
アクキーを返してくれた日、話をしたかったけど。平野はバイトがあるって帰っちゃったから。
「あ、あのさ」
ちょっとドキドキしながら声を掛ける。
「ん?」
平野がスマホを眺めながら返事した。
「……何、見てんの?」
俺はチラチラと目だけで平野のスマホを覗いた。
俺が呼び出したとはいえ、スマホを見ながら返事っていうのは、ちょっと傷付く。
「んー、TOMAの絵」
「へぇ……って。えぇ! それって、俺の絵」
「やっぱり、このTOMAってアカウント、八坂なんだ」
俺は自分の口元を抑えた。
平野には何となくバレているから隠すのも今更ではある。
「まさか、同じ高校の人だなんて、思わなかった」
平野が、ぽそりと呟いた。
「ていうか、高校生だと思わなかった。凄いな、八坂」
平野が顔を上げた。
あまりにも真っ直ぐに見詰められて、思わず顔を逸らした。
「べっ……別に、凄いとかは」
好きな絵を描いて、気ままにアップしているだけだ。
なんて格好良いことが言えたら、俺も何かが違うんだろうけど。
「やっぱ、嘘。ありがと、嬉しい」
見てくれる人がいるのは感動するし、褒められたら嬉しい。
しかも、アカウントで俺の絵を観ている人と直接会って話せるなんて、思っていなかった。
「でもさ、このアクキーが俺の絵だって、よく気が付いたね。かなりデフォルメしてるのに」
作ったアクキーは、普段書いている等身大の絵ではない。
動物を2Dキャラ化した、しかも可愛い系の絵だ。
「んー、目の書き方とか? あとは、ポーズとか」
それを聞いて、俺はがっくりと肩を落とした。
「やっぱ、そこかぁ。気付くならソコだと思ったんだよなぁ。俺、構図の取り方があんまりパターンなくてさ」
「うん、勿体ないなって思ってた。絵は上手いのに」
思わず顔を上げて平野を眺めた。
平野はスマホの中の俺の絵を眺めている。
「そんなん、わかっちゃうくらい、俺の絵見てんの? もしかして平野も絵を描く人?」
「わかっちゃうくらい見てるし、絵を描く人、だよ」
平野が、ポリポリと頭を描いている。
目が、若干照れているようだ。
「そうなんだ。意外……っと、ごめん」
人を見た目で判断してはいけない。
そうは思うが、とても絵を描く人には見えない。
一見して平野の外見はヤンキーだ。
「別にいいよ。自分でもそう思うから、他人には話さない」
「あ……」
ツキンと胸が痛くなった。
俺だって、アカウントや絵を描くことを周囲に内緒にしている。
(理由はわからないけど、平野にも思う所があるんだよな)
平野なりに内緒にする理由があるのだ。
理由は違っても、気持ちはわかる。
「それさ」
平野が俺のアクキーを指さした。
「馬だよね」
「え? うん、そう。俺の名前に馬って字が入ってるから。妹の名前、美兎でさ。可愛い兎を描いてって言われたのが、きっかけ」
妹のアクキーを作るついでに、自分の分も作った。
「うちの親、アクリルグッズ作る小さい工場やっていてさ。自宅の敷地内に工場があるから、時々父さんに頼んで、アクキーとかアクスタ、破材で作らせてもらうんだ」
だからなのか、両親は息子の趣味にも理解がある。
「へぇ、いいね」
平野の声が、急に実を帯びた。
さっきまでの気のない返事とは違う。俺を見詰める目が、キラキラして見える。
「……平野にも、作ろうか?」
「いいの?」
間髪入れずに返事が来た。かなり興味があるらしい。
「八坂が絵を描いてくれんの?」
「うん、描くけど」
「マジか……」
平野が口元を覆って絶句している。
「迷惑なら、無理にとは……」
「欲しい。金払う。いくら?」
平野がポケットから財布を出して広げ始めた。
「金とか、いいって。アクキー拾ってくれたお礼するよ」
慌てて平野を止めた。
「どんなデザインが良い? 描いてほしいモチーフとかある?」
「デザイン……」
呟いた平野がスマホをスワイプした。
「こういう感じの、デザインで……」
見せてくれた画面には、俺が落としたアクキーに似た構図で絵が描かれていた。
多分、龍が描いてあるんだと思うけど、蛇にも見える。
描き途中なのか、下絵状態で色が塗られていない。
「これって……龍……が、描きたかった感じ?」
「……そう」
平野が目を手で覆った。
耳が、かなり赤い。
「絵は描くけど、下手なんだよ、俺」
「え! そんなことないよ、いや、うん」
確かに、お世辞にも上手いとは言えない。
褒めようと思うと、ちょっと、いや、かなり戸惑う。
「あ! 構図取りが上手いよな。こういうの、俺は思い付かないかも」
小さな下地の中で、ちゃんと龍がうねっているように見えるのは、ポーズが上手い証拠だ。
「この構図で、俺が龍を描こうか? いい感じにアクキーにできるよ」
平野が目を見開いて、息を飲んだ。
「あ……ごめん。自分で絵を描くなら、そういうの嫌だよな」
絵描きによってはパクリと言われる行為だ。
堂々と言っていいことじゃなかった。
「描いてくれんの? 嫌じゃねぇの?」
平野が感動したような顔をしている。
「うん、平野が嫌じゃなかったら。俺は全然気にしないけど」
むしろ、構図を考えるのが苦手な俺にとっては、願ったりだ。
「描いてほしい。この構図で描いたTOMAの絵、見たい」
突然、名前を呼ばれて、ドキリとした。
(あ、そっか。ペンネ呼んだのか)
SNSにアップしているペンネームを呼ばれただけだと気が付いた。
「じゃ、決まり。その絵、俺のスマホに送って。ついでに連絡先、交換しよう」
「いいの? 交換してくれんの?」
「連絡先、知ってたほうが便利じゃん。ダメ?」
「ダメじゃない。そうだよな、うん」
頷きながら、平野がスマホを出した。
無事に連絡先を交換して、絵を送ってもらった。
「そんじゃ、イラスト描けたら連絡するよ」
「うん……」
そんな話をしていたら、ちょうど予鈴が鳴った。
「あ、昼休み終わる。教室行こう」
「うん……」
同時に立ち上がる。俺は屋上の窓に手をかけた。
「すげぇ……TOMAに描いてもらえるとか、夢みたいだ」
平野がぽそりと呟いた言葉を、俺はうまく聞き取れなかった。
けれど、その耳がずっと真っ赤だったのは、よく見えた。



