放課後アクスタ部(部員二名)

 その日の夜は、ほとんど眠れなかった。
 どれだけ考えても結論は同じなのに。

(馬鹿の考え休むに似たりって、よくいったもんだよな)

 気持ちが荒んでいるから、自分をけなすような言葉しか出てこない。

「おはよ、透馬」

 美術準備室に、龍牙が入ってきた。
 俺の顔を見た瞬間、顔色を変えた。

「何かあった? 目が腫れてる」

 龍牙の指が俺の目尻をなぞった。
 驚きすぎて、思わず顔をフルフルと振った。

「別に何もない」

 バイト先まで会いに行ったとは言えない。
 昨日見たものは、もっと言えない。

「はい、これ。落ちてた」

 財布を龍牙に差し出す。

「あ、俺の。やっぱ部室に落ちてたんだ。サンキュ」

 龍牙が財布を受け取ったのを見て、俺は扉に歩いた。

「今日は帰る。お疲れ」
「え? なんで?」

 龍牙が俺の腕を掴んだ。
 今は龍牙の強い力が妬ましい。

「バイト明けで疲れてんだろ。たまには休めば」
「そんなの、今更だろ。疲れてねぇよ」

 部屋から出ようと思うのに、龍牙が離してくれない。

「今日は財布渡しに来ただけ。絵を描く気分じゃない」

 昨日見た光景がフラッシュバックして、気分が悪い。
 
「もしかして、体調悪い? だったら、止めねぇけど」

 龍牙の手が緩む。
 その態度に、やけに苛々した。
 だから、余計な言葉が口を吐いて出た。

「部活ばっかやってないで、たまには彼女、構ってやったら」

 自分から龍牙の腕を振り払った。

「は……?」
「じゃあな」

 龍牙が俺の腕をガッツリ掴んだ。

「彼女なんか、いねぇけど。なんで、そういう話になってんの?」
「いないわけないだろ。昨日、コンビニの裏で抱き合って……」

 そこまで言って、俺は口を覆った。
 龍牙が、じっとりした視線を俺に向けている。
 俺はその視線から逃れるように顔を逸らした。

「もしかしてとは思ったけど。うちの学校の制服着た生徒が、コンビニの周りフラフラしてるって店長が話してたんだよね。あれって、透馬?」
「し、知らねーし!」

 驚きすぎて、ビクリと肩が震えた。
 龍牙が大きく息を吐いた。

「店の裏で転びそうになった先輩を受け止めたのは、あったよ。足首怪我していたから、体勢立て直すのに時間かかるって、支えてあげてた」
「……え?」

 驚きすぎて、言葉が出なかった。

「先輩も、透馬っぽい高校生見たって話してたから、来たのかなとは思ったんだよね」
「それは、財布、落としていったから。心配かなって」

 透馬は自分の口を覆った。
 うっかり本当のことを話した。

「やっぱり、透馬だったんだ。声掛けてくれたらよかったのに」
「それは……」

 彼女と抱き合っている姿なんか見たら、声なんか掛けられない。
 財布を渡しに行ったとはいえ、会いに行ったなんて恥ずかしくて言えない。

(でも、彼女じゃなかったんだ)
 
 そう思ったら、安心した。
 さっきまでのギスギスした気持ちが嘘みたいに晴れた。

「龍牙って、恋人、いないの?」

 ぼそぼそと問い掛ける。
 龍牙が掴んだ腕を引っ張った。
 俺の体が龍牙の腕にすっぽりと収まった。

「いないけど。こんだけ一緒にいて、今更聞く?」
「そう……だよな」

 きっと、龍牙と誰よりも一緒にいるのは俺だ。

(そうだよな、俺より仲良しな奴なんて、いないよな)

 龍牙の腕が、透馬を囲った。

「透馬が一番だって、ずっと言ってると思うけど。覚えてないの?」

 心なしか、顔が近い。
 耳に吐息が掛かるんじゃないかと思うほど、近くで囁かれた。

「俺の絵、好きって言ってくれてるのは、ちゃんと覚えてるよ」
「……今は、それだけじゃないけど」
「へ?」

 龍牙が、腕の力を緩めた。

「今日も一緒に描いてくれる?」

 懇願するように龍牙が問い掛ける。
 俺は思わず頷いていた。

「描く。さっきは、ごめん」
「うん、いいよ」

 龍牙の手が、俺の手を握った。

「透馬も恋人、いないよね?」
「うん、いないよ」

 龍牙が、満足そうに笑んだ。

「今週末の夏祭り、楽しみだね」

 龍牙が繋いだ手をゆらゆらと揺らす。

「ん? うん、楽しみ」

 俺の見たものが誤解だとわかって、安心した。
 モヤモヤした気持ちのままじゃ、夏祭りにもいけなかった。

「部活、始めよ」

 どこか浮き浮きした様子で、龍牙が席に着いた。
 その笑顔は安心したようにも見える。
 
(夏祭り、そんなに行きたかったのかな)

 龍牙が嬉しそうにしている理由が、いまいちよくわからなかった。