七月も最後の週に差し掛かった。
学校は夏休みになった。
俺は毎日、アクスタ部のため美術準備室に通っている。
「夏休み期間中は、バイト増えたりしないの?」
色塗りをしながら、問い掛ける。
「学校に許可もらえれば、規定内なら増やしていいらしいけど。部活もあるし、そのまま」
龍牙が同じように色塗りをしながら返事した。
「じゃあ、月水土の夕から夜は変わらないんだ」
「ん、そのまま」
水彩絵の具の細筆で、細かい部分を塗っているから、集中しているんだろう。
声を掛けて悪いことをしたかもしれない。
水浸し事件から、俺は線画を描き直し、もう一度色塗りをしている。
峰岸先輩の一件は、先生に呼び出されもしなかった。
騒ぎを大きくしたくなかったから、俺たちのほうから先生に伝えなかった。
峰岸先輩も何も言わなかったんだろう。申し出たところでボロが出るだけだったろうけど。
「だから、部活さ。今日みたいに昼間にしよう。それなら、毎日来れる」
「大丈夫? 疲れない?」
絵具を混ぜて色を作りながら、問い掛ける。
「授業ある時に比べたら、全然楽」
「それも、そっか」
薄い色で補強を入れていく。
全体のバランスを見ながら、筆を動かす。
「……うん、こんな感じかな」
「え? 仕上がった?」
「うん。そっちは?」
「もう少し……もう、半日」
「ゆっくりでいいよ。あと三日ある」
「今日中には終わらす」
龍牙が、筆をおいた。
「一回、見せて」
「ん? うん、どうぞ」
絵を持ち上げて、龍牙に向ける。
じっくりと見詰めていた龍牙が、眉間を抑えた。
「天才」
「だから、褒めすぎ」
こういうやり取りも、最近はテンポが良くなってきた。
「でも、虎徹先生がこっちを推した理由、ちょっとわかる。文化祭のメインポスターに選ばれそうな予感する」
「まさかぁ。生徒会や美術部からも絵は出てるのに」
俺は龍牙の手元を覗き込んだ。
「でも、確かに。明るさとか目の引き具合で言ったら、こっちかもなぁ」
二人の男女が宙に浮かぶ太陽モチーフに向かって笑顔で手を伸ばしている。
上からのアングルに勢いがある。
「この絵、俺が塗ってなければ」
「そういうこと言ってない」
龍牙は、時々変な風に自己評価が低い。
塗りだって充分、上手いのだから自信を持って欲しい。
「俺はその絵、好きだけど。確かに虎徹先生が言う通り、全体に静かだよね。それが良いというか」
遅れてきた友人を三人の友人が迎える絵。
温かみがあって、じんわりと胸に沁みる絵だ。
「何となく、二人で大事にしたい絵だな。その絵が水浸しにならなくて、良かった」
そう呟いて、俺は口を噤んだ。
「ごめん、何でもない」
あの時の話はできるだけしないように気を付けていたのに、うっかり口に出た。
「どっちの絵が水浸しになっても、俺は嫌だよ。また何かしてきたら、容赦しない」
「いや……龍牙、怒ると怖いから」
あの時は自分も興奮状態であまり感じなかったけれど。
よく思い返してみたら、あの時の龍牙は怖かった。
ヤンキー的な迫力があった。
「透馬は俺が守るから。心配しなくていいよ」
龍牙が当然のように言った。
トクンと、胸が跳ねた。
(俺の絵が好きだから、龍牙は大事にしてくれるんだよな)
峰岸先輩に啖呵を切った時も、大好きな絵師と言っていた。
充分嬉しい。
今まで、面と向かって堂々と好きだと言ってくれた人はいなかった。
(絵が描けなくても、龍牙は俺と、友達になってくれたかな)
最近は、何となくそんなことを考える。
ずっと友達でいられたらいいと、そう思う。
「透馬、透馬」
「え? な、何?」
考えに耽っていたら声を聴き逃した。
「腕時計、赤系と緑系、どっちがいいと思う?」
「えっと、渋めの赤系」
「りょ」
龍牙が淡々と作業を開始する。
その姿を、俺はどこかぼんやりと眺めていた。
学校は夏休みになった。
俺は毎日、アクスタ部のため美術準備室に通っている。
「夏休み期間中は、バイト増えたりしないの?」
色塗りをしながら、問い掛ける。
「学校に許可もらえれば、規定内なら増やしていいらしいけど。部活もあるし、そのまま」
龍牙が同じように色塗りをしながら返事した。
「じゃあ、月水土の夕から夜は変わらないんだ」
「ん、そのまま」
水彩絵の具の細筆で、細かい部分を塗っているから、集中しているんだろう。
声を掛けて悪いことをしたかもしれない。
水浸し事件から、俺は線画を描き直し、もう一度色塗りをしている。
峰岸先輩の一件は、先生に呼び出されもしなかった。
騒ぎを大きくしたくなかったから、俺たちのほうから先生に伝えなかった。
峰岸先輩も何も言わなかったんだろう。申し出たところでボロが出るだけだったろうけど。
「だから、部活さ。今日みたいに昼間にしよう。それなら、毎日来れる」
「大丈夫? 疲れない?」
絵具を混ぜて色を作りながら、問い掛ける。
「授業ある時に比べたら、全然楽」
「それも、そっか」
薄い色で補強を入れていく。
全体のバランスを見ながら、筆を動かす。
「……うん、こんな感じかな」
「え? 仕上がった?」
「うん。そっちは?」
「もう少し……もう、半日」
「ゆっくりでいいよ。あと三日ある」
「今日中には終わらす」
龍牙が、筆をおいた。
「一回、見せて」
「ん? うん、どうぞ」
絵を持ち上げて、龍牙に向ける。
じっくりと見詰めていた龍牙が、眉間を抑えた。
「天才」
「だから、褒めすぎ」
こういうやり取りも、最近はテンポが良くなってきた。
「でも、虎徹先生がこっちを推した理由、ちょっとわかる。文化祭のメインポスターに選ばれそうな予感する」
「まさかぁ。生徒会や美術部からも絵は出てるのに」
俺は龍牙の手元を覗き込んだ。
「でも、確かに。明るさとか目の引き具合で言ったら、こっちかもなぁ」
二人の男女が宙に浮かぶ太陽モチーフに向かって笑顔で手を伸ばしている。
上からのアングルに勢いがある。
「この絵、俺が塗ってなければ」
「そういうこと言ってない」
龍牙は、時々変な風に自己評価が低い。
塗りだって充分、上手いのだから自信を持って欲しい。
「俺はその絵、好きだけど。確かに虎徹先生が言う通り、全体に静かだよね。それが良いというか」
遅れてきた友人を三人の友人が迎える絵。
温かみがあって、じんわりと胸に沁みる絵だ。
「何となく、二人で大事にしたい絵だな。その絵が水浸しにならなくて、良かった」
そう呟いて、俺は口を噤んだ。
「ごめん、何でもない」
あの時の話はできるだけしないように気を付けていたのに、うっかり口に出た。
「どっちの絵が水浸しになっても、俺は嫌だよ。また何かしてきたら、容赦しない」
「いや……龍牙、怒ると怖いから」
あの時は自分も興奮状態であまり感じなかったけれど。
よく思い返してみたら、あの時の龍牙は怖かった。
ヤンキー的な迫力があった。
「透馬は俺が守るから。心配しなくていいよ」
龍牙が当然のように言った。
トクンと、胸が跳ねた。
(俺の絵が好きだから、龍牙は大事にしてくれるんだよな)
峰岸先輩に啖呵を切った時も、大好きな絵師と言っていた。
充分嬉しい。
今まで、面と向かって堂々と好きだと言ってくれた人はいなかった。
(絵が描けなくても、龍牙は俺と、友達になってくれたかな)
最近は、何となくそんなことを考える。
ずっと友達でいられたらいいと、そう思う。
「透馬、透馬」
「え? な、何?」
考えに耽っていたら声を聴き逃した。
「腕時計、赤系と緑系、どっちがいいと思う?」
「えっと、渋めの赤系」
「りょ」
龍牙が淡々と作業を開始する。
その姿を、俺はどこかぼんやりと眺めていた。



