放課後アクスタ部(部員二名)

 月曜日の放課後。
 部活には来てみたものの、龍牙はバイトでいない。

「俺一人じゃ、何もできないじゃんよ~」

 ぶうぶう文句を言いながら、机の上でゴロゴロする。

「できるだろ。平野にもらった構図で線画、描けばいいだろ」
「もう描いたの。龍牙に見てもらわないと進まないの」
「だったら、自分で構図決めた絵も描いてみたら?」

 虎徹先生に図星を突かれて、言葉に詰まった。

「だって、龍牙が構図考えてくれたほうが、格好良い絵になるから」
「そうやって他人に頼るのが普通になると、一人で絵が描けなくなっちゃうぞ」

 またも言葉が刺さる。
 その通りだと思うから、何も言い返せない。

「だってさ、龍牙と描くほうが、楽しいんだもん」

 ぽそりと言った言葉に、虎徹先生がピクリと反応した。

「八坂、楽しいのか?」
「楽しいよ」
「一人で描くより?」
「うん」
「……そっか」

 虎徹先生は、それ以上何も言わなかった。
 スマホのバイブが鳴った。龍牙からだ。

『俺的に、三枚目が好き。次が一枚目』
『バイト前で時間ないから、これだけ。ごめん』

 俺は勢いよく起き上がった。
 さっき、ダメ元で文化祭のポスターのラフを龍牙に送っていた。
 バイト上がりで返事をくれたらいいと思っていたのに、こんなに早くくれた。

(嬉しい。しかもお気に入りが同じ三枚目だ。めっちゃ嬉しい)

 俺はスケブを捲ってもう一度、三枚目のラフを確認した。

「おぉ、良い感じにラフ、できてんな」
「龍牙が構図三枚くれたから、三枚とも描いたんだ。どれがいいか聞いたら、三枚目だって」

 俺は虎徹先生に三枚のラフを見せた。

「そうだなぁ。凝ってるのは三枚目かな。後ろから追いかける生徒と、振り返って迎えてくれる友人たちって、絵にドラマがあるよね」

 褒めてくれたが、どうにも煮え切らない反応だ。

「先生的には、これじゃない?」
「俺は一枚目の上からのカットかな。生徒たちが空に手を伸ばしてる感じ、未来に向かってる感じで明るいよね」
「そういわれると、そうだけど」

 ありきたりで、どこかで見たことがあるアングルだ。
 既視感のある絵だなと思う。

「下からのアングルは、色々NGだな。色々よく見えすぎる」
「あぁ、そうかもね」

 そういうつもりで描いていないが、特に女子がNGっぽい。

「二枚目はナシだな。一枚目と三枚目か」

 俺はラフを見比べた。

(ベタな絵と、ちょっと挑戦的な構図。どっちも描きたいかも)

「とりあえず、どっちも線画にする。それから決める」
「だったら、どっちも描いちゃったほうがいいんじゃないの?」

 虎徹先生が笑った。

「文化祭のポスターは一人一枚じゃないの?」
「選ばれるのは一枚だけど。二枚描いて、実行委員に選んでもらえば?」
「それ、アリだ!」

 しかも、俺的にいいことを思い付いた。
 線画を二枚描いて、一枚は龍牙に色塗りしてもらえばいいんだ。

「ねぇ、虎徹先生。文化祭のポスターはアナログだよね?」
「そうだよ。水彩、ポスカ、クレヨン、色鉛筆。画材は何でもいいけど、デジタルはダメ」

 その辺りが、学校はいまだに古いなと思うところだ。
 けれど、アナログにはアナログの良さがある。

「ポスターはA3で作成な。特賞で学校代表に選ばれたら一番でっかく刷ってもらえるぞ」
「どうせ大きくプリントするなら、デジタルでもいいのになぁ」
「そういう問題じゃないの。デジタル可にした途端、パクリとかAI絵とか増えるだろ」
「それも、そうか」

 手書きが一番、不正がなくていいのかもしれない。

「んじゃ、まずは一枚目から描き始めようかなぁ」

 鉛筆でアタリを付けながら、サラサラと描いていく。

「あ、そうそう。あとさぁ、先生」
「なんだぁ。話ながら描くと間違うぞ」

 美術雑誌のようなものを読みながら、虎徹先生が片耳で返事する。
 一応、顧問になったから、初日の今日は美術準備室にいてくれるらしい。
 隣の美術室では美術部が部活中だから、両方監督できてちょうどいいのだろう。

「アクスタ部さ、文化祭に向けてアクスタ作ることにした」
「ほぅ、それはいいな」
「父さんにタダで作ってもらうの、流石に悪いからさ。ちょっと安めに作ってもらうんだ」
「ちょっと安めにね。身内価格ね」
「そんで、文化祭で売りたいんだけど。そういう方法、アリ?」

 鉛筆を滑らせながら、問い掛ける。

「値段によるけどなぁ。一個三百円程度なら、アリじゃないか。千円とかになると、実行委員も許可を出せなくなるなぁ」
「それくらいかぁ。赤字覚悟だな」
「当然だろ。文化祭で黒出そうとすんな。イベントじゃねぇんだから」
「えへへ」

 とはいえ、許容範囲の赤字だ。
 干支のアクスタは、作れそうだ。

「こんなワクワクすんの、久し振り」

 俺は楽しすぎて、その場で足踏みした。

「早く龍牙と話したいな。早く明日になんないかな」

 嬉しい気持ちを鉛筆に籠めて、紙の上を滑らせる。
 ラフスケッチをしていく。

「いい相棒が見付かって、良かったな」

 虎徹先生が、背を向けたまま、そういった。
 そういえば、絵を描くのが楽しいなんて誰かに話すのは久し振りかもしれない。
 誰かと描くのが楽しいなんて思ったのは、高校に入ってから初めてだ。

(先生は、俺がイラスト同好会で虐められていたの、知ってるから)

 もしかしたら、ずっと心配してくれていたのかもしれない。

「……うん」

 短く返事して、俺は絵の続きを描いた。
 本当はもっと何かを言いたかったけど、上手く言葉が出なかった。
 ただ、虎徹先生と一緒にいるこの空間は居心地が良かった。