放課後アクスタ部(部員二名)

 高校二年、七月。
 俺、八坂(やさか)透馬(とうま)の身に、起きるはずのない事件が起きた。

 普段なら絶対に話をしないタイプのクラスメイト。
 何個もピアスを開けた、金髪の無口なヤンキー。
 きっと怖い人だ。勝手にそう思い込んでいた。

「なぁ、これ。落としたけど」

 平野(ひらの)龍牙(りゅうが)の手に握られていたのは、俺がイラストを描いて作ったアクリルキーホルダーだ。
 さぁっと血の気が引いていくのを感じた。

「あ……ありがと!」

 毟り取るように受け取って、くるりと背中を向けた。
 歩き出そうとした背中に、声が掛かった。

「これってさ、絵を描いたの、八坂?」

 とんでもない発言が聴こえて、足が止まった。

「な……なななななんで? 違うけど」

 あり得ないくらい噛んだ。後付けみたいな嘘が、あまりにも嘘っぽい。

「この前、美術の授業で描いてた絵にタッチが似てる。あとさ、SNSのTOMAって人の絵が……」

 ビクリと、大きく肩が震えた。

「知らない! 似てない! 俺じゃない!」

 いたたまれなくて、俺はその場から走って逃げた。

「あ、逃げた。これ、まだ……」

 平野がぽつりと零した声が、遠くに聴こえた。
 俺は階段を駆け下りると、光の速さで上履きを靴に履き替えた。

 どうしてバレたんだろう。
 ずっと隠してきたのに。

(終わった……。あんなヤンキーに身バレしたら、絶対にからかわれる、ネタにされる!)

 俺の平穏な高校生活が終わった瞬間だ。
 泣きそうな気持ちになりながら、家までダッシュした。


 翌日。
 俺はどんよりした気持ちで廊下をとぼとぼ歩いていた。

(昨日は一睡もできなかった)

 アクキーのイラストだけでなく、SNSのアカバレまでしているなんて。
 状況が終わり過ぎている。

(このままにしちゃダメだよな。でも、なんて言えばいいんだ)

 しかも、毟り取ったと思っていたアクキーは空振りだったらしい。
 よく見たら、俺の手の中になかった。
 つまり、まだ平野龍牙が持っているということだ。

「話さないわけにいかないよなぁ」
「いた。八坂」

 愚痴りながら深いため息を吐いたら、怖い声が聞こえた。
 
「ひっ……平野」

 後ろに平野が立っていた。
 
(無理だ、ダメだ。まだ心の準備ができてない)

 バクバクする心臓を押さえて、俺は一歩下がった。
 平野が、何かを差し出した。

「これ。昨日渡しそびれたから」
「これって……」

 絶対にアクキーだ。そろそろと覗き込む。
 平野の手の中のアクキーを見詰めて、俺は固まった。
 ただ落としただけのアクキーが、透明な袋の中に綺麗に収まっている。

(オタクがするラッピングみたい)

「これ、平野がしてくれたの?」

 気付いたら聞いていた。

「ん、傷付いたら、嫌だろ」

 そう言った平野が、少しだけ照れたように見えた。

(うそ……ヤンキーのデレ?)

 驚いたのと同時に、心の緊張が少しだけほぐれた。

「ほら」

 袋に入ったアクキーを平野が差し出す。

「ありがと」

 昨日より素直に、俺は自分のアクリルキーホルダーを受け取った。

「その……俺、さ。そのイラスト、好きなんだよ」
「……え?」

 予想もしなかった言葉が聴こえた。

「だから、もし、描いてるのが八坂だったら……話してみたいなって」

 平野が顔を逸らした。
 紙の隙間にわずかに見える耳が、赤い気がする。

(え……照れてる?)

 俺は言葉を忘れて呆然と口を開けた。

「迷惑だったら、悪かったな」

 平野がくるりと向こうを向いた。

「じゃ、返したから」

 平野が行ってしまう。
 このまま別れたら、もうこの話を振れない。咄嗟にそう思った。

「待って!」

 歩き出した平野の腕を、気付けば掴んでいた。

「それ描いたの、俺だよ。何で俺の絵、好きなの?」

 面と向かって好きだなんて言われたことがなかったから、嬉しかったんだ。
 耳を赤くして好きだと言ってくれた平野は、ヤンキーっぽくなかったし。
 何より俺が、平野ともっと話をしたくなった。

「……可愛いから」

 振り返った平野が、ぽそりと答えた。
 その顔は完全に照れていて、平野のほうが可愛かった。

(可愛いって……平野でも思うんだ。そっか、俺の絵を馬鹿にするようなヤンキーじゃないんだ)

 俺は自然と笑っていた。
 もっと平野と話してみたい。そんな気持ちになっていた。

 高校生活が終わると思った、この日の身バレ。
 これが、俺たち二人の『放課後アクスタ部』の始まりになるなんて、この時の俺は思ってもいなかった。