壊れた機巧少女と、落ちこぼれの修繕師。~リペア・ザ・メモリーズ~







『貴方が、新しいマスターですか?』


 機巧少女のリーナは、俺に向かってそう訊ねてきた。
 真っすぐに、こちらを見つめながら。だけど俺はそんな彼女の言葉に、どのように返事をすればいいのか分からないでいた。だっていきなり、こんな美少女に『主人』呼びされても困惑してしまう。
 そして理由は、もう一つあった。
 自分自身、どうして一生懸命にこの子を修繕したのか動機が不明だから。
 大好きだった祖父の忘れ形見を直したかったのか、と訊かれれば、半分くらいしか当てはまらないのが実際のところだった。


「いかが致しましたか……?」
「……あ、いや。その――」


 ――とはいえ、このまま黙ったまま、というわけにもいくまい。
 俺はどこか口の渇きを感じながら、必死になってリーナの問いかけに応えた。


「マスターかどうかは、分からないけど。……キミを直したのは、俺だ」
「……なるほど。それでは貴方が、マスターで相違ないですね?」
「あー……うん? やっぱり、そうなるのか」


 するとどうにも、会話が噛み合っているようで噛み合っていない。
 こちらが苦笑いをしながら頬を掻いていると、少女はふと周囲を見回して言った。


「ある程度の整頓はされていますが、まだ多少の埃が残っていますね。マスター、ご指示を頂ければ清掃業務に移行致しますが?」
「え、いいのか……?」
「無論です。私はマスターに仕える人形ですから」
「……人形、か」


 俺はその言葉に、どこか引っかかりを覚える。
 たしかにリーナの言う通りで、彼女は人間ではなく機巧少女だ。それでもあまりに精巧で美しい造形は、自分の中にある理解を捻じ曲げるには十分すぎる。こうやって立って話している少女には命がないのだと告げられた時、俺はきっと首を縦には振れないと思った。


「マスター……?」
「え、あぁ……それじゃ、悪いけど頼むよ」


 そんなことを考え込んでいると、リーナが小首を傾げて声をかけてくる。
 俺はようやく我に返り、ひとまず彼女に部屋の掃除を頼むことにした。清掃を任せている間に、こちらはこちらで頭の中の整理をつけておこう。
 そう思い直して、ひとまず修繕道具の一式を仕舞っていると――。


「あれ、こんなのあったのか……?」


 ――リーナの部品が入っていた箱の底に、一冊の手記を見つけた。
 埃を払って表題を見てみると、そこにあったのは祖父の名前。クラン・ミュージスと刻まれたそれを開くと、そこにあったのは幼い日の祖父の記録だった。王都でも有数の師に弟子入りをした日のことから、初めて一人でこなした依頼の内容。
 さらには日常のさりげない出来事まで、事細かに記されていた。
 筆跡から見るに、これを残したのは当時の大人だろう。


「つまり、爺ちゃんの師匠が書いた記録……?」


 俺はそう考え、ふと先ほど確認した写真のことを思い出した。
 名前こそ分からないが、あの老爺が書いたものであるように考えられる。そして、そこに並んで映っていたのは他でもなく、いま淡々と清掃をしている機巧少女だった。
 だったら疑問は、当事者に訊ねるのが一番だろう。


「あのさ、リーナ……少し良いか?」
「……はい。なんでしょう、マスター」
「マスター……まぁ、いいか。とりあえず、この写真を見てくれ」


 そんなわけで、俺は写真立てを手に取って彼女に示した。


「ここに映っているのって、リーナだよな? 他の二人のこと、分かるか?」
「………………」


 すると機巧少女は首を傾げながら、表情も特に変化させずに受け取って見つめる。
 こちらの問いかけに対して返事はない。俺はその間に耐え切れず、あー、だとか、そのー、だとか口にしてしまっていた。それでも分からないなら、リーナはハッキリ言いそうだが。あまりにも時間がかかっているので、俺はさすがに重ねて訊いてみた。


「どうしたんだ? リーナ」
「いえ。一名は私だと理解できるのですが、ただ――」
「……ただ?」


 どうにも歯切れが悪い。
 それを不思議に思いつつ繰り返すと、少女はこう言った。


「――不思議な、感覚です。記憶の欠落があるのに、どこか懐かしい」
「懐かしい……?」
「……はい」


 その言葉には正直、俺も驚かされる。
 機巧少女というのは感情を解する、というのだろうか。いいや、そんな事例は聞いたことがない。少なくとも機巧の研究機関でも、そこまで精巧なものを創り上げたり、再現したりはできていないはずだった。もっとも、それは俺の知る範囲だが……。


「そうか。だったら、もしかしたら――――え?」


 などと考えつつ、そんなこともあるか、という程度に忘れようとした。
 その時だ。



「リーナ……涙、が……」
「涙……?」



 さらに驚いたことに、眼前の機巧少女が涙を流したのは。
 そんなこと、聞いたことも見たこともない。絡繰りの少女が涙を流すことができるなんて、とんでもない技術の結晶と呼べるはずだった。
 俺が唖然としていると、リーナは自身の頬に伝った雫を指で拭う。
 そして、小さくこう声を漏らすのだった。


「これはいったい、何なのでしょう……?」


 どうやら自分の身に起きたことは、彼女自身も理解できていないらしい。
 きょとんとしている美少女に向かって俺は、しばし考えてからこう告げたのだった。



「きっと、嬉しかったんだよ」
「嬉しかった……?」
「あぁ、そうさ。だって――」



 そうだった。
 目覚めて最初に流す涙が、悲しみのそれなんて寂しいから。
 俺は力強く頷いて、このようにリーナに向かって宣言するのだった。


「新しい日々が始まったんだ。それはきっと、二人からの贈り物だよ」



 ――おめでとう、と。
 祖父とその師匠もきっと、新しい生を受けた彼女を祝福しているはずだから。もしそうでなければ、むしろ俺がどうすれば良いのか困ってしまう。
 そんな考えもあったのだが、


「…………なる、ほど」



 リーナはどこか納得したように、頷いて俺の顔を見るのだ。
 そして、



「ありがとうございます。……マスター」
「…………っ!?」



 とびっきりの可愛らしい笑顔を浮かべる。
 俺は完全に不意を突かれて、顔が熱くなるのを感じた。だから誤魔化すように顔を背けて、荷物をまとめながらリーナに言う。


「お、俺のことはクレイルでいいよ。……クレイル・ミュージス」
「クレイル・ミュージス……?」
「そう。それが、俺の名前」
「………………」



 そうすると、彼女はしばし考えたように黙ってから。
 姿勢を正してこう返すのだった。



「えぇ、よろしくお願いしますね。……クレイル様」――と。



 これからのことは、まだ分からない。
 だけど俺は、この時に一つの決心を固めたのだった。



 ――いつかリーナがもっと心から笑えるように、と。