壊れた機巧少女と、落ちこぼれの修繕師。~リペア・ザ・メモリーズ~






「お前はどうしてそうなんだ! 修繕師としての誇りはないのか!?」
「そんなもの、俺に押し付けるな! こっちは好き好んで修繕師やってるわけじゃない!!」


 俺は同じ工房の先輩から叱責を受けたことで、感情的になりそう叫んだ。
 修繕道具の一部を床に叩きつけ、前掛けを脱いで帰り支度を始める。すると修繕師の先輩はさらに怒りを孕んだ表情になって、こちらの胸倉を掴んできた。
 そして、


「名門修繕師の家系に生まれ、恵まれた環境にいるというのに、どうしてそんなことが言える!? お前みたいな奴がどうして、工房長から期待されて――」
「だから、俺はそんなこと知らないって言ってんだろうが!?」


 口を開けばまた、家柄のことや求めてもいない期待の押し売り。
 そこまできたらもう売り言葉に買い言葉。俺は乱暴に先輩の腕を振り解いて、嫌悪を隠さずに睨みつけた。ここでの人間関係なんて、知ったことではない。
 だって俺は元々、修繕師なんて地味な仕事に憧れなんてないのだから。


「おい、クレイル!! この……落ちこぼれがっ!!」


 だから、さっさと荷物をまとめて背を向ける。
 呼び止める声も無視して、俺は修行先の工房を出たのだった。





 ――修繕師という生業がある。
 それは何かと戦ったり、何かを守ったり、ましてや何かを生み出すものでもない。修繕師が行うのは依頼品を直すことだけ。何とも地味で、爽快感のない仕事だ。
 俺ことクレイル・ミュージスは修繕師の家系に生まれ、子供の頃から修繕師としての技術を叩きこまれてきた。だけど自分としては、そんなことを願った覚えは微塵もない。


「……ったく、ふざけんなよ」


 軽く舌を打ちながら、俺は王都の中央広場のベンチに腰掛けた。
 まだ日差しも極めて高い時間帯。だらしなく天を仰ぎ、目をすがめる自分の怠惰さに我ながら嫌気が差しながらも、しかし仕方のないことだと思った。だって俺は昔から地味なことが嫌いで、剣士や騎士など、そういった花形の職に憧れていたのだ。
 それなのに、俺の前に敷かれたレールは望んでもいない下らないもの。


「爺ちゃんが生きてたら、何て言うんだろうな……?」


 そんな自分に唯一、理解を示してくれたのは亡き祖父だった。
 王都でもトップレベルの修繕師として名を馳せていた彼は、俺の訴えに対して『無理に修繕師を志さなくても良い』と語り、認めてくれた。だけどそんな祖父が亡くなって四年、それまで黙っていた親戚がみな口を揃えて『修繕師の腕を磨け』と言ってきた。
 いままでと真逆の環境に、俺が耐えられるはずがない。
 その結果が、先ほどの口論なのだが――。


「……とはいえ、どうするかな」


 今さら工房に戻る気にはならない。
 だからといって、帰る場所があるともいえない。実家に帰れば両親からの詰問が待っているに違いなかった。そんなことは面倒だし、可能な限り避けたい。
 そうなると自分に残された行き場所は……。


「何だかんだ、あそこしかないか」


 そう考えた俺は重い腰を上げて、ゆっくりと歩き始める。
 そして辿り着いたのは、祖父が使っていた隠れ家的な工房だった。親類も足を踏み入れず、ここに入るのを許されていたのは孫である俺だけ。最近は留守にしていたから埃が舞っているが、耐え切れない程ではない。ひとまず荷物を置いてから、俺は簡単な掃除を始めた。
 その最中に、立て掛けてあった幼少期の祖父の写真を見る。


「これが爺ちゃんと、その師匠……か」


 写っているのは、穏やかに笑う老爺と幼い少年。
 そして、もう一人――。


「――結局、この女の子は誰なんだ?」


 優しい笑みを浮かべている金髪の少女の姿。
 給仕服のようなものを着用しているが、使用人といった間柄ではないと思えた。少なくとも三人は本物の家族のようであり、心から嬉しそうに笑っている。
 見ているこちらが幸せになるような、そんな笑顔。
 俺は疑問と憧憬を抱きながら、写真立てを元の位置に戻した。そして、


「そういえば爺ちゃんから、何か預かったような……?」


 ふと思い出したのは、祖父から託された品について。
 中を見るのは気が向いた時でも構わないと、そう言われていた箱がある。どういう理屈かは分からないが、俺はその存在がどうにも気になった。
 そんなわけで、物置の奥から件の箱を探し出して――。


「……これは、機巧の部品?」


 その中を確かめ、首を傾げた。
 非常に複雑な構造をしている部品の数々が、いっぱいに詰まっている。それと一緒になって入っていたのは、祖父の遺した走り書き。
 膨大な枚数のそれに目を通すと分かったのは、この機巧の直し方を研究していたこと。ただ最後の最後には文字も弱々しくなり……。


「この日付って、爺ちゃんの命日の数日前……?」


 記録が残っていたのは、そこまで。
 爺ちゃんはどうやら身体を悪くしながらも、一生懸命にこれを直そうとしていたらしい。俺はそのことを知って、ふと部品の一つに手を伸ばした。
 荷物の中から、自前の修繕道具を取り出す。
 そして、自然と祖父の遺した修繕作業を開始したのだった。







 寝食も忘れて数日が経過した頃。
 俺はようやく、その機巧がどういったものかを理解した。
 そして、そのことを理解するにつれて、なおいっそうに作業に没頭していく。一心不乱に部品を繋ぎ合わせ、調整していった。そうやって気付けば、俺は――。


「――これで、できたのか?」


 一つの、いや『一人の少女』を組み上げていた。
 まだまだ洗練さが足りない。それでも確信を持って、断言ができた。
 金色の髪に、整った顔立ちをした機巧少女。彼女は間違いなく、あの写真の――。



「――あぁ、わたし……は?」



 その時だった。
 椅子に座らせていた機巧少女が、おもむろにそう口にしたのは。
 驚く俺に対して、彼女は眠たげに目を細めながら、こう言うのだった。



「はじめまして、私の名前はリーナ」



 小首を傾げて。
 窓から差し込む朝の陽射しを受けながら。



「貴方が、新しいマスターですか……?」――と。



 

 それが、出会い。
 クレイル・ミュージスと機巧少女リーナの出会いだった。