一言、エルディーテは短く告げた。
「会場から目を離すな」
しかしバロンはエルディーテにだけ伝わる声で言う。
「……なぁ、行き遅れて辛いだろ?サフィア王女も嫁ぐんじゃ、お前は帝国騎士団に居場所もない」
あからさまな嗾けに乗るようなエルディーテではない。沈黙し会場の様子を注意深く監視していたが、しかしバロンは愉しげに続けた。
「無視するなよ、エルディーテ。団長達はお前を高く評価しているが、グラウス宰相の目があるからだと忘れるな。俺という友人がいなければ話す相手もいない、肩身が狭いなぁ」
一瞬、無意識に片眉が上がりエルディーテは咳払いした。
「お前を友人などと思った事はない」
これだけは今はっきりと訂正しておかねば後々も吹聴して回る可能性が十二分にあったからだ。
するとバロンは気を引けたことに喜ぶかの如くエルディーテの横顔に視線を向ける。
「そう強がるな。このまま騎士を続けるのは女にはキツいだろ。お前いくつになった?」
エルディーテは内心で舌打ちした。
二十七になるエルディーテだが婚姻に希望など持っていない。
普通の貴族令嬢ならば、婚期を逃したと泣き寝入りしている頃だろうが、エルディーテはサフィアを守る立場にいられればそれで良かった。
エルディーテは押し黙ったまま、口の達者な悪辣男の言葉を待った。
「仮に婚約者探しをすりゃ、せいぜい老いぼれの爺さんしか相手にしないだろうな……」
攻撃しているつもりだろうが、その当人であるバロンも実はまた未婚。以前は婚約者が居たようだが、相手の事情でいつの間にか解消していた。
つまりエルディーテに向けた言葉はそのまま自分に返っているのだが、この男は気付いていないのだろうか。
飽き飽きしていた頃、バロンは歪な笑みを孕んだ吐息を溢して言った。
「……なぁ、エルディーテ。俺が貰ってやろうか?」
意味を理解した瞬間、嫌悪の感情が胸に落ちる。
よくも王女の祝いの場で言えたものだ。
しかし怒りは直ぐに鎮まり、腹立たしさを通り越して関心すら覚え始めた。
エルディーテは声を潜め、一度だけバロンに鋭い視線を向ける。
「舌を切り落とされたいか?決闘なら受けてやるが」
実際、これまで邪な感情を一方的に抱き、舐めた口を聞いてきた人間にはもれなく決闘を挑み、エルディーテはその全てに勝利している。
「は……冗談だろうが……」
エルディーテの本気を感じ取ったのか、バロンは吐き捨てた。
「しかし堅物まで加われば死ぬまで独り身確定だな。女を騎士になんてさせて、グラウス家はどうかしてる」
それはプライドを折られた男がエルディーテに言う定番の台詞だった。
顔を見なくても分かる。
斜に構えた物言いで揶揄したつもりだったのだろうが、今のバロンは顔を赤くしている。
「黙るなよ。やはり厄介払いなのか?可哀想に。だが残念だなぁ、お前は帝国騎士団にも居場所はない。騎士の名を汚す迷惑な存在なんだよ」
流暢に舌を回すほどに恥を上塗りしていることに気付いていないのか。
今夜のバロンは一層エルディーテに踏み込んできた。
鬱陶しい。
エルディーテは一度双眸を伏せ瞬いたあと、静かに告げた。
「……汚れといえば臭うぞ、バロン。薄汚い男の臭いが私のすぐ傍から」
瞬間、直立を崩したバロンの影が揺れる。
「お前……っ」
「持参金狙いの誘いは腐るほど受けたが……お前の悪臭漂う口説き文句は記録を更新したな。過去最悪の糞以下だ」
「っ……」
冷ややかな声音で告げる。
するとバロンはそれ以上何も言わなくなった。
ようやく腰を据えて会場警備が出来る。
「会場から目を離すな」
しかしバロンはエルディーテにだけ伝わる声で言う。
「……なぁ、行き遅れて辛いだろ?サフィア王女も嫁ぐんじゃ、お前は帝国騎士団に居場所もない」
あからさまな嗾けに乗るようなエルディーテではない。沈黙し会場の様子を注意深く監視していたが、しかしバロンは愉しげに続けた。
「無視するなよ、エルディーテ。団長達はお前を高く評価しているが、グラウス宰相の目があるからだと忘れるな。俺という友人がいなければ話す相手もいない、肩身が狭いなぁ」
一瞬、無意識に片眉が上がりエルディーテは咳払いした。
「お前を友人などと思った事はない」
これだけは今はっきりと訂正しておかねば後々も吹聴して回る可能性が十二分にあったからだ。
するとバロンは気を引けたことに喜ぶかの如くエルディーテの横顔に視線を向ける。
「そう強がるな。このまま騎士を続けるのは女にはキツいだろ。お前いくつになった?」
エルディーテは内心で舌打ちした。
二十七になるエルディーテだが婚姻に希望など持っていない。
普通の貴族令嬢ならば、婚期を逃したと泣き寝入りしている頃だろうが、エルディーテはサフィアを守る立場にいられればそれで良かった。
エルディーテは押し黙ったまま、口の達者な悪辣男の言葉を待った。
「仮に婚約者探しをすりゃ、せいぜい老いぼれの爺さんしか相手にしないだろうな……」
攻撃しているつもりだろうが、その当人であるバロンも実はまた未婚。以前は婚約者が居たようだが、相手の事情でいつの間にか解消していた。
つまりエルディーテに向けた言葉はそのまま自分に返っているのだが、この男は気付いていないのだろうか。
飽き飽きしていた頃、バロンは歪な笑みを孕んだ吐息を溢して言った。
「……なぁ、エルディーテ。俺が貰ってやろうか?」
意味を理解した瞬間、嫌悪の感情が胸に落ちる。
よくも王女の祝いの場で言えたものだ。
しかし怒りは直ぐに鎮まり、腹立たしさを通り越して関心すら覚え始めた。
エルディーテは声を潜め、一度だけバロンに鋭い視線を向ける。
「舌を切り落とされたいか?決闘なら受けてやるが」
実際、これまで邪な感情を一方的に抱き、舐めた口を聞いてきた人間にはもれなく決闘を挑み、エルディーテはその全てに勝利している。
「は……冗談だろうが……」
エルディーテの本気を感じ取ったのか、バロンは吐き捨てた。
「しかし堅物まで加われば死ぬまで独り身確定だな。女を騎士になんてさせて、グラウス家はどうかしてる」
それはプライドを折られた男がエルディーテに言う定番の台詞だった。
顔を見なくても分かる。
斜に構えた物言いで揶揄したつもりだったのだろうが、今のバロンは顔を赤くしている。
「黙るなよ。やはり厄介払いなのか?可哀想に。だが残念だなぁ、お前は帝国騎士団にも居場所はない。騎士の名を汚す迷惑な存在なんだよ」
流暢に舌を回すほどに恥を上塗りしていることに気付いていないのか。
今夜のバロンは一層エルディーテに踏み込んできた。
鬱陶しい。
エルディーテは一度双眸を伏せ瞬いたあと、静かに告げた。
「……汚れといえば臭うぞ、バロン。薄汚い男の臭いが私のすぐ傍から」
瞬間、直立を崩したバロンの影が揺れる。
「お前……っ」
「持参金狙いの誘いは腐るほど受けたが……お前の悪臭漂う口説き文句は記録を更新したな。過去最悪の糞以下だ」
「っ……」
冷ややかな声音で告げる。
するとバロンはそれ以上何も言わなくなった。
ようやく腰を据えて会場警備が出来る。


