そこはどこかの中心都市のようで、郵便馬車や商人の姿が目立つ街だった。そして行き交う人々の中にフードを被った上背の高い男が視界を過ぎる。
ーーーーオルディスだ。
彼は武器屋の紋章が入った店に入ってゆく。その姿を追って後に続くと、入り口に見覚えのある店名が書かれてあった。
「おぉ!オルディスかぁ、久しぶりだな」
親しい間柄なのか、カウンターの奥にいた店主らしき人物は、オルディスを見ると片手をあげ親しげに話しかけてきた。
歳は四十代前半といったところか……胡散臭そうな眼鏡をかけている。燻んだ灰色の長い髪が特徴的な男の顔は赤く、酒気帯びていた。
「あぁ。手紙を届けて欲しい」
「なんだぁ、急に。しばらく顔見せなかったくせによぉ……お前も飲むか?」
やはり酒を飲んでいたようで、カウンターにさりげなく置かれていた木製のコップを店主は突き出した。オルディスはそれを胡乱な眼差しで見つめたあと、急かすように言った。
「昼間から酔いすぎだ。悪いが時間がないんだ、急ぎで届けたい。紙とペンをくれ。代金は払う」
街中で見かけた郵便馬車でなくわざわざ商人を頼るのは、きっとそれなりの相手に渡したいのだろう。
だが一体誰に?
店主はオルディスの発言に眉を顰めると同時に面倒事はごめんとばかりに首を横に振った。
「訳アリなら他当たれよ」
「無理だ。送りたい相手はお前の取引先だ。伝票に混ぜてくれるだけでいい」
「嫌だね」
店主は頑なだった。
取り付く島なしといった感じで背を向ける始末。だがオルディスは一切動じることなく、その背に向かって尋ねた。
「賭博に負けて奴隷落ちしかけたお前を助けてやったのは誰だ?」
すると店主はギクリと肩を揺らし、じっとりとした視線をオルディスへと向ける。どうやら彼はその借りをまだ返していなかったらしい。
「……わかったよ。いくら払える?」
「これでどうだ」
酔いも覚めたような目で見やる店主に、オルディスは片手で持てる範囲の大袋をカウンターへと置いた。
「……はは、なんだお前……細え小銭でも数えさせるつもりか?」
店主はそれを見て鼻で笑う。
この国には金貨、銀貨、銅貨の他にさらに貨幣価値の低いルピアという小銭がある。大方それが詰まっているとでも思ったのだろう。
「中を見ろ」
「はぁ……はぁっ!?」
気怠そうに紐を解く店主だったが、袋の口が開き中から覗く銀貨を見ると目の色を変えた。
「銀貨に……金貨まで、ちょっと待て!この死に際みてぇな額はなんだ」
「使い道がないからやる。それだけ積めばお前は確実に届けるだろう」
「そりゃそうだけどよ……」
袋の中身の大金は店主を喜ばせるどころか警戒させていた。
おそらくそれはグラウス家の騎士となってからの給金をほとんど手をつけてないような枚数だった。
「早く書くものを貸せ」
「あぁ……」
手紙を書くための道具一式を取り出した店主はそれらを差し出しながらオルディスの顔を盗み見ていた。
「大丈夫なのか、お前……」
「なにも問題はない」
冷静に告げるオルディスは手紙をしたためてゆくが、大金を託すその姿はとてもこれから国を出る人間のそれではなかった。
もし国を出るのなら、彼が傭兵時代に共に行動をとっていた男女のところだろうか。気の良さそうな二人を思い出すエルディーテだったが、しかし一方でオルディスはリシア帝国から出られると思っていないのではと考えていた。
そしてその予想は当たった。
手紙を店主に託したあとオルディスは馬に乗って街を出て行ったが、エルディーテが街から足を踏み出した瞬間にまた景色は変わって、次に見たのは兵士らに連行されている姿だった。
やはりそうだ。オルディスがこのまま無事に国境を越えるなど無理な話だったのだ。
『裏切れば死が待っている』
グラウス家の取り潰しを画策しオルディスを計画に引き入れた男はそう言っていた。
捕縛され拘束具をつけられたオルディスが馬車に詰め込まれている。
オルディスが連行された先は二十年後には没落している子爵家の屋敷だった。
そして屋敷の地下牢に連れて行かれ、無惨な制裁が加えられた。一方的な暴力を受け、水責めが繰り返される。彼らはオルディスをただ殺すだけで良しとはしなかったのだ。
エルディーテは、ただそれを見ていた。
触れられない、声も届かない。この光景を目の前に、何もできないもどかしさを覚えながら、しかし目を背けてはならない気がして、唇を噛み締め見届けた。
計画を漏らしていないか尋問されていたがオルディスは何も言わなかった。
何もかも諦めたような顔で無言を貫く。
どれだけ痛めつけても目立った反応を見せないオルディスに、制裁を加えていた男達も次第に飽きてきたようで、「まだ殺しちゃならないのか?」と苛立ち交じりに確認する姿があった。
それからしばらくして、屋敷の当主はのちの副団長となる息子と共に新たな客人を伴って現れた。
「レイヴン公のご希望通り、まだ生かしております」
聞き覚えのある名にエルディーテは眉を顰めた。
牢の前に立っているのは、茶色の髪の男が二人。
「彼らに任せてさっさと殺したらいいじゃないか。なにも我々レイヴン家の人間がこんな薄汚いところまでくる必要があるのか?」
「相変わらず分かってないな、ティール。ユーク・グラウスの次にあれが執着するほどの男だ。帝国騎士団を追放され、人生を狂わされた奴がどんな風に落ちぶれたか直線見てみたいじゃないか。その上で決める……父も現物をよく確かめろと言っていただろう」
頬骨の張った顔が特徴的な男は弟を嗜め笑っていた。
そうだ。彼らは……現団長であるレニーの兄達だ。
レイヴン公爵家の現当主アラン・レイヴン。病死した父親の後を継ぎ、この頃にはすでに家督を継いでいたはずだ。
アランは牢の奥で壁にもたれ掛かっているオルディスを見て尋ねた。
「裏切れば死ぬと分かってただろうに。懐かしさ余ってグラウス家を裏切れなくなったか?」
するとオルディスは僅かに顔をあげ嘲るように鼻で笑った。
「……俺は自分の恨みのためにお前らの計画を利用しただけだ。ただ、気が変わった……わざわざお前達と一緒になって醜く争ってもな」
「こいつ……やはり今すぐ殺すべきだ」
ティールは声を荒げたが、しかしアランの方が手で制す。
「ティール。お前は芸がないな。グラウス家を潰すついでにレニーから玩具を取り上げる、そう決めたじゃないか」
「……兄さんは回りくどいんだよ」
「今さら何言ってる。玩具を取り上げるのは兄の役目だろ」
次男のティールの方はどうもオルディスを早々に始末して帰りたいらしい。そんな素振りが見て取れるが、一方アランは悪趣味を拗らせているのか多弁に語る。
「レニーはグラウス公爵に振り向いてもらえない悲しみを一生懸命こいつにぶつけていたんだ。消えた玩具が我々の奴隷として現れたらどうだ?これぐらいの余興を楽しめねばレイヴンとは名乗れない」
レイヴン公爵家の兄弟間の確執は根深そうだった。団長であるレニー個人の言動しか見ていなかったエルディーテにとって、彼ら兄二人の言動はある意味で納得いくものがある。
レニー・レイヴンという男の歪みは彼らにそっくりだ。それは数多くの影響を与えた証拠とも言えた。
「……あんたらも相当だな」
オルディスは口端を歪め呟くと、それから呆れたと言わんばかりに尋ねた。
「浮かれているところ悪いが、グラウス家に手を出して狂信者のレニーが黙ってないんじゃないか」
間者を寄越した黒幕がレイヴン公爵家であると分かったが、先ほどの兄弟間で交わされた言葉といいオルディスはまるでレニーが関わっていないと確信しているようである。
すると図ったかの如く、複数名の足音が響き、地下へと繋ぐ階段の外が騒がしくなった。
「申し訳ございません!帝国騎士団ですっ」
子爵家の家令が血相を抱えて降りてきて、その後を帝国の騎士らが流れ込むように後へ続く。
そして最後に現れたのは、まさに今、話題に上がっていた人物ーーレニー・レイヴンだった。
彼は子爵と共にオルディスの牢の前に居る兄らに視線を向けると眉根を寄せた。
「….…また私抜きで集まりですか」
それからレニーはオルディスには目もくれず、腰に携えた剣を抜き子爵へ向けると苛立ち混じりに告げた。
「ウォルター子爵。あなたを奴隷斡旋の嫌疑で連行する」
ーーーーオルディスだ。
彼は武器屋の紋章が入った店に入ってゆく。その姿を追って後に続くと、入り口に見覚えのある店名が書かれてあった。
「おぉ!オルディスかぁ、久しぶりだな」
親しい間柄なのか、カウンターの奥にいた店主らしき人物は、オルディスを見ると片手をあげ親しげに話しかけてきた。
歳は四十代前半といったところか……胡散臭そうな眼鏡をかけている。燻んだ灰色の長い髪が特徴的な男の顔は赤く、酒気帯びていた。
「あぁ。手紙を届けて欲しい」
「なんだぁ、急に。しばらく顔見せなかったくせによぉ……お前も飲むか?」
やはり酒を飲んでいたようで、カウンターにさりげなく置かれていた木製のコップを店主は突き出した。オルディスはそれを胡乱な眼差しで見つめたあと、急かすように言った。
「昼間から酔いすぎだ。悪いが時間がないんだ、急ぎで届けたい。紙とペンをくれ。代金は払う」
街中で見かけた郵便馬車でなくわざわざ商人を頼るのは、きっとそれなりの相手に渡したいのだろう。
だが一体誰に?
店主はオルディスの発言に眉を顰めると同時に面倒事はごめんとばかりに首を横に振った。
「訳アリなら他当たれよ」
「無理だ。送りたい相手はお前の取引先だ。伝票に混ぜてくれるだけでいい」
「嫌だね」
店主は頑なだった。
取り付く島なしといった感じで背を向ける始末。だがオルディスは一切動じることなく、その背に向かって尋ねた。
「賭博に負けて奴隷落ちしかけたお前を助けてやったのは誰だ?」
すると店主はギクリと肩を揺らし、じっとりとした視線をオルディスへと向ける。どうやら彼はその借りをまだ返していなかったらしい。
「……わかったよ。いくら払える?」
「これでどうだ」
酔いも覚めたような目で見やる店主に、オルディスは片手で持てる範囲の大袋をカウンターへと置いた。
「……はは、なんだお前……細え小銭でも数えさせるつもりか?」
店主はそれを見て鼻で笑う。
この国には金貨、銀貨、銅貨の他にさらに貨幣価値の低いルピアという小銭がある。大方それが詰まっているとでも思ったのだろう。
「中を見ろ」
「はぁ……はぁっ!?」
気怠そうに紐を解く店主だったが、袋の口が開き中から覗く銀貨を見ると目の色を変えた。
「銀貨に……金貨まで、ちょっと待て!この死に際みてぇな額はなんだ」
「使い道がないからやる。それだけ積めばお前は確実に届けるだろう」
「そりゃそうだけどよ……」
袋の中身の大金は店主を喜ばせるどころか警戒させていた。
おそらくそれはグラウス家の騎士となってからの給金をほとんど手をつけてないような枚数だった。
「早く書くものを貸せ」
「あぁ……」
手紙を書くための道具一式を取り出した店主はそれらを差し出しながらオルディスの顔を盗み見ていた。
「大丈夫なのか、お前……」
「なにも問題はない」
冷静に告げるオルディスは手紙をしたためてゆくが、大金を託すその姿はとてもこれから国を出る人間のそれではなかった。
もし国を出るのなら、彼が傭兵時代に共に行動をとっていた男女のところだろうか。気の良さそうな二人を思い出すエルディーテだったが、しかし一方でオルディスはリシア帝国から出られると思っていないのではと考えていた。
そしてその予想は当たった。
手紙を店主に託したあとオルディスは馬に乗って街を出て行ったが、エルディーテが街から足を踏み出した瞬間にまた景色は変わって、次に見たのは兵士らに連行されている姿だった。
やはりそうだ。オルディスがこのまま無事に国境を越えるなど無理な話だったのだ。
『裏切れば死が待っている』
グラウス家の取り潰しを画策しオルディスを計画に引き入れた男はそう言っていた。
捕縛され拘束具をつけられたオルディスが馬車に詰め込まれている。
オルディスが連行された先は二十年後には没落している子爵家の屋敷だった。
そして屋敷の地下牢に連れて行かれ、無惨な制裁が加えられた。一方的な暴力を受け、水責めが繰り返される。彼らはオルディスをただ殺すだけで良しとはしなかったのだ。
エルディーテは、ただそれを見ていた。
触れられない、声も届かない。この光景を目の前に、何もできないもどかしさを覚えながら、しかし目を背けてはならない気がして、唇を噛み締め見届けた。
計画を漏らしていないか尋問されていたがオルディスは何も言わなかった。
何もかも諦めたような顔で無言を貫く。
どれだけ痛めつけても目立った反応を見せないオルディスに、制裁を加えていた男達も次第に飽きてきたようで、「まだ殺しちゃならないのか?」と苛立ち交じりに確認する姿があった。
それからしばらくして、屋敷の当主はのちの副団長となる息子と共に新たな客人を伴って現れた。
「レイヴン公のご希望通り、まだ生かしております」
聞き覚えのある名にエルディーテは眉を顰めた。
牢の前に立っているのは、茶色の髪の男が二人。
「彼らに任せてさっさと殺したらいいじゃないか。なにも我々レイヴン家の人間がこんな薄汚いところまでくる必要があるのか?」
「相変わらず分かってないな、ティール。ユーク・グラウスの次にあれが執着するほどの男だ。帝国騎士団を追放され、人生を狂わされた奴がどんな風に落ちぶれたか直線見てみたいじゃないか。その上で決める……父も現物をよく確かめろと言っていただろう」
頬骨の張った顔が特徴的な男は弟を嗜め笑っていた。
そうだ。彼らは……現団長であるレニーの兄達だ。
レイヴン公爵家の現当主アラン・レイヴン。病死した父親の後を継ぎ、この頃にはすでに家督を継いでいたはずだ。
アランは牢の奥で壁にもたれ掛かっているオルディスを見て尋ねた。
「裏切れば死ぬと分かってただろうに。懐かしさ余ってグラウス家を裏切れなくなったか?」
するとオルディスは僅かに顔をあげ嘲るように鼻で笑った。
「……俺は自分の恨みのためにお前らの計画を利用しただけだ。ただ、気が変わった……わざわざお前達と一緒になって醜く争ってもな」
「こいつ……やはり今すぐ殺すべきだ」
ティールは声を荒げたが、しかしアランの方が手で制す。
「ティール。お前は芸がないな。グラウス家を潰すついでにレニーから玩具を取り上げる、そう決めたじゃないか」
「……兄さんは回りくどいんだよ」
「今さら何言ってる。玩具を取り上げるのは兄の役目だろ」
次男のティールの方はどうもオルディスを早々に始末して帰りたいらしい。そんな素振りが見て取れるが、一方アランは悪趣味を拗らせているのか多弁に語る。
「レニーはグラウス公爵に振り向いてもらえない悲しみを一生懸命こいつにぶつけていたんだ。消えた玩具が我々の奴隷として現れたらどうだ?これぐらいの余興を楽しめねばレイヴンとは名乗れない」
レイヴン公爵家の兄弟間の確執は根深そうだった。団長であるレニー個人の言動しか見ていなかったエルディーテにとって、彼ら兄二人の言動はある意味で納得いくものがある。
レニー・レイヴンという男の歪みは彼らにそっくりだ。それは数多くの影響を与えた証拠とも言えた。
「……あんたらも相当だな」
オルディスは口端を歪め呟くと、それから呆れたと言わんばかりに尋ねた。
「浮かれているところ悪いが、グラウス家に手を出して狂信者のレニーが黙ってないんじゃないか」
間者を寄越した黒幕がレイヴン公爵家であると分かったが、先ほどの兄弟間で交わされた言葉といいオルディスはまるでレニーが関わっていないと確信しているようである。
すると図ったかの如く、複数名の足音が響き、地下へと繋ぐ階段の外が騒がしくなった。
「申し訳ございません!帝国騎士団ですっ」
子爵家の家令が血相を抱えて降りてきて、その後を帝国の騎士らが流れ込むように後へ続く。
そして最後に現れたのは、まさに今、話題に上がっていた人物ーーレニー・レイヴンだった。
彼は子爵と共にオルディスの牢の前に居る兄らに視線を向けると眉根を寄せた。
「….…また私抜きで集まりですか」
それからレニーはオルディスには目もくれず、腰に携えた剣を抜き子爵へ向けると苛立ち混じりに告げた。
「ウォルター子爵。あなたを奴隷斡旋の嫌疑で連行する」



