死者を救う試練で、初恋の騎士は眠れぬ番犬になっていた ~エルディーテの冥界追想録~

オルディスはエルディーテの小さな身体を引き剥がすように押し返した。

まさかそれほど拒絶されると思っていなかったのだろう、オルディスに押し付けていたハンカチは落ちる。

夜の闇に紛れてしまったハンカチに気を取られたエルディーテが俯いた瞬間、すかさずオルディスは後退ると声を潜めた。

「すみません……」

「どうして……?」

信じられないものを見るような眼がオルディスへと向けられていた。

理解など出来まい。当時の自分はオルディスを正しく知っていなかった。父とのやり取りだって偶然立ち聞きしただけで、全てを聞いていたわけでない。

それなのに盲目的に恋して手放したくなかった。結果的に、理想を押し付け、誰にも取られないよう手元に置こうとしている様は、オルディスからしてみればエルディーテはレニーと大して変わらない存在に映ったことだろう。

垣根のさらに奥、遠くの方からエルディーテを探す声が聞こえた。

父が警備を解いているとはいえエルディーテが所在不明で探されている以上、そのうちこの場所も捜索される。

もう時間がないのでは、という感覚はオルディスにもあったようだ。

「エルディーテ様。どうかペルセボネーの本は燃やしてください」

オルディスはエルディーテの問いに答える代わりに静かに告げた。

「それからローゼ嬢にご注意を……彼女はおそらく脅されています」

「それはどういうこと……?」

不安気な声が揺れる。

しかしオルディスは意味深な言葉に困惑する子供を残し背を向けて去ってゆく。

その背中はいつもより丸く、疲労が映し出されていた。

一方、幼いエルディーテはどこか放心状態となっていて、ただ去ってゆく背を見つめていた。

それからオルディスの姿が見えなくなると蹲ってハンカチを拾い、両手で包んでは額に当て眼を閉じる。

しかしこれは諦めている様子ではなかった。おそらくは、自分を理解してもらうにはどうすれば良いか、小さな頭でしきりに考えているのだろう。

知らないことだらけの幼少期だったが、しかしオルディスが何かに恐れていることをあの頃の自分はちゃんと知っていた。

オルディスの追想を通じて断片的に蘇ってくる記憶はまるでパズルのピースを集めているような感覚だった。

「お嬢様!……エルディーテ様!」

マリアの緊迫した声が近づいてくる。

エルディーテは子供の自分が振り返るのにつられて何気なく声の方へ顔を向けた。すると次の瞬間、さっきまでいた庭園が消え眩しい太陽の日差しが頬を照らしていた。