喪失騎士エルディーテの冥界追想録 〜 孤独な騎士の過去を辿る、運命を覆す相互救済ロマンス~

「はぁ……今日もなんて麗しいの。月の騎士様……私も侍らせてみたいわ」

「あなた観劇に影響され過ぎよ。でも凛としてらっしゃるのに、少し影のある感じが素敵ね……」

「背だって他の殿方と殆ど変わらないのよ。額に傷があるなんて気付かない程に美しいわ……あの方が男性ならよかったのに」

「実は私、月のお方の瞳と同じ色でハンカチに刺繍しましたのよ。出来上がったらお渡ししたいわ」

今やエルディーテは、数多の令嬢に恋文を渡される男装の麗人――月の騎士とまで噂されるほどになっている。
さすがに今夜のパーティーで彼女らが直接エルディーテの目の前にやってくることはなかったが、少し離れた場所で扇を立て好き放題会話していた。

隠しているつもりだろうが、残念ながら丸聞こえだった。いや、もしかすると敢えて聞かせているのかもしれない。
実際、反応を窺うような視線が時折りエルディーテの肌を舐めていた。

「あら、もう先を越されていてよ」
「どういう意味かしら」

「フランツ侯爵家のティアローゼ様よ。月の騎士様の前で手袋を落としたらしいわ」

つい最近の出来事だ。
気付けば無意識に眉間に皺が深まっていた。

「――月の騎士殿、今宵はいつにも増して熱い視線を集めてるな?」

不意に隣から嫌味の篭った声が聞こえた。
同じく壁際に配備されている一般騎士、バロンのものだ。

「無駄口を叩かないでくれないか。気が散る」

エルディーテが会場に視線を止めたまま嗜めると少し離れた反対側から失笑が漏れる。
男社会に身を投じたが、選民意識の高いリシア帝国では女というだけで舐められる。

剣を取れば捩じ伏せられると父は言ったが、確かに暴漢や理不尽を強いようとする男から身を守ることは出来ても社会はエルディーテを拒絶していた。

バロンはその象徴だ。
入団試験の時から何かにつけてエルディーテに嫌みたらしく絡んでくる同期である。

「つれないな。褒めているんだぜ。ティアローゼ嬢の件、婚約者のランスはまだ怒り心頭だとさ。俺はあの小僧が嫌いだからな、よくやってくれたって感じだ」

ランスはエルディーテやバロンよりも年下の十七になる侯爵家の令息だ。

自分の婚約者が年上の女騎士を相手に両方の手袋を落としたため、年若いランスは火がついたようにエルディーテを罵倒していった。
当然、このとき傍には護衛対象のサフィアが居た。

「くだらない戯れで茶会に水を差したことが?どうかしている」

婚約者同伴が許されていた茶会、サフィアの友人にあたる令嬢が主催した場で起きたこの出来事は小さな騒ぎとなった。

「ま、俺も婚約者に同じことをされたら苛立つが……所詮は傷物女が騎士ごっこしてるだけのことなのにな。狭量なランスがみっともなくて笑えるよ」

バロンは鼻で笑った。
自分より家格の高いランスを嘲笑うような言い方をしているが、エルディーテへの悪意の方が強い。

嫌味にはもう慣れてしまったが、持ち場が近いため執拗に絡んでくるその態度は任務の邪魔にしかならなかった。