声の主はエルディーテのものだった。
幼い自分は父達を待てずここまで来てしまったのかもしれない。
父は扉のそばまで歩むと扉越しにエルディーテへ告げた。
「部屋に戻って待ちなさい。エルディーテ」
すると外の声は少しの間を置いてから不安げに言った。
「分かりました。ディートを早く返してくださいね?」
「分かっているよ」
父がそう答えると徐々に気配は遠くなった。
それを感じ取ったのか、父の視線は再びオルディスに戻り表情を強張らる。
「オルディス。窓の外から庭園までの警備を手薄くしてある。私を殺して逃げるなら今だ」
急かすような言葉のせいか、オルディスの瞳は揺れていた。
だが鞘へ収まったままの剣は再び抜かれる様子はなかった。
それに対し父は確かめるように問う。
「私を殺すためにここへ来たのだろう」
オルディスは頷いた。
けれども一度唇を歪めると、短い息を吐き捨てる。
「もういい……」
「なに?」
「……話を聞いて馬鹿らしくなった。俺はあんた達のところまで落ちるつもりはない……」
言えばオルディスは窓へと歩み、施錠を解くとガラスを押した。外から夜の冷えた空気が流れ込んでくる。
その風を浴びながらオルディスは振り返ることなく告げる。
「もうこの国を出ます。あんたに罪の意識があるなら、今からでもあの執着男を躾けた方がいい」
そして彼は父の前から姿を消した。
エルディーテは駆け寄ってオルディスを追うように窓の下を見た。
二階から覗き込んだ先は暗闇。
その暗闇は、転落したわけでもないのにエルディーテをそのまま飲み込んだ。
また一瞬、時が飛んだのだ。
場所が変わり庭園に彼らはいた。
オルディスと幼いエルディーテの姿だった。
護衛も侍女もつけずオルディスに立ち塞がるようにしてそこにいた。
「ディート?どこに行くの?」
「なぜお一人で……マリアは?」
オルディスは信じられないようなものを見る目で当時のエルディーテを見つめていた。
「……聞こえちゃったから。消えちゃうんじゃないかと思って一人で探したの……こっちは人が殆どいなかったから……ねぇ、私のことそんなに嫌だったの?」
「っ……」
辿々しい説明にオルディスは言葉を失っているようだった。
「うちに居てよ、お父様と喧嘩したなら私がお父様を叱ってあげるから」
そしてエルディーテはオルディスの腕に抱きついた。
「やめてください。はしたない」
「嫌だ!はしたなくても、我儘でもいいもの、……私のハンカチ受け取ってくれるって言ったじゃない」
「それは……」
「ディートは約束を守る人でしょう?いかないで……私が守るから行かないで」
先ほどのオルディスと父の会話を当時の自分がどこまで聞いていたのかはっきりしたことは何も思い出せない。
だが胸に残る痛みに既視感だけはあった。
悲しみと、それから怒り。
この頃の自分はオルディスに拒否されたという事実を受け入れられなかったのだ。
今の自分にオルディスに対する怒りなどないが、蘇った感情には確かにそれが混ざっていた。
「……エルディーテ様。私には相応しくないのです。もう時間がありませんので……」
僅かに焦燥感を孕むオルディスに対し、しかしエルディーテは離れなかった。
絶対に逃したくないという感情は、彼の言うようにレニーと同じ執着なのだろうか。
腕に絡んだままの幼いエルディーテは涙ながらに訴えた。
「お願いディート、一緒に居て」
「お嬢様、ご容赦ください」
「嫌よ。あなたからすれば滑稽かもしれないけど私は本気なの!どうしても行くなら追いかけるわ」
「ご冗談を……あなたはグラウス公爵家の長女です。出来るわけがない」
相手が子供だからか腕を振り払えないでいるオルディスだったが、しかし冷たい声で突き放すように告げた。
だが自分はしつこかった。
視線を上げ睨むようにオルディスへ告げるとドレスからあのハンカチを取り出して彼の身体に押し付ける。
「出来るわ。私はあなたを一人にさせない」
草木も花も眠る庭園で、あまりにも稚拙な想いを当時の自分は彼に突きつけていたのだった。
幼い自分は父達を待てずここまで来てしまったのかもしれない。
父は扉のそばまで歩むと扉越しにエルディーテへ告げた。
「部屋に戻って待ちなさい。エルディーテ」
すると外の声は少しの間を置いてから不安げに言った。
「分かりました。ディートを早く返してくださいね?」
「分かっているよ」
父がそう答えると徐々に気配は遠くなった。
それを感じ取ったのか、父の視線は再びオルディスに戻り表情を強張らる。
「オルディス。窓の外から庭園までの警備を手薄くしてある。私を殺して逃げるなら今だ」
急かすような言葉のせいか、オルディスの瞳は揺れていた。
だが鞘へ収まったままの剣は再び抜かれる様子はなかった。
それに対し父は確かめるように問う。
「私を殺すためにここへ来たのだろう」
オルディスは頷いた。
けれども一度唇を歪めると、短い息を吐き捨てる。
「もういい……」
「なに?」
「……話を聞いて馬鹿らしくなった。俺はあんた達のところまで落ちるつもりはない……」
言えばオルディスは窓へと歩み、施錠を解くとガラスを押した。外から夜の冷えた空気が流れ込んでくる。
その風を浴びながらオルディスは振り返ることなく告げる。
「もうこの国を出ます。あんたに罪の意識があるなら、今からでもあの執着男を躾けた方がいい」
そして彼は父の前から姿を消した。
エルディーテは駆け寄ってオルディスを追うように窓の下を見た。
二階から覗き込んだ先は暗闇。
その暗闇は、転落したわけでもないのにエルディーテをそのまま飲み込んだ。
また一瞬、時が飛んだのだ。
場所が変わり庭園に彼らはいた。
オルディスと幼いエルディーテの姿だった。
護衛も侍女もつけずオルディスに立ち塞がるようにしてそこにいた。
「ディート?どこに行くの?」
「なぜお一人で……マリアは?」
オルディスは信じられないようなものを見る目で当時のエルディーテを見つめていた。
「……聞こえちゃったから。消えちゃうんじゃないかと思って一人で探したの……こっちは人が殆どいなかったから……ねぇ、私のことそんなに嫌だったの?」
「っ……」
辿々しい説明にオルディスは言葉を失っているようだった。
「うちに居てよ、お父様と喧嘩したなら私がお父様を叱ってあげるから」
そしてエルディーテはオルディスの腕に抱きついた。
「やめてください。はしたない」
「嫌だ!はしたなくても、我儘でもいいもの、……私のハンカチ受け取ってくれるって言ったじゃない」
「それは……」
「ディートは約束を守る人でしょう?いかないで……私が守るから行かないで」
先ほどのオルディスと父の会話を当時の自分がどこまで聞いていたのかはっきりしたことは何も思い出せない。
だが胸に残る痛みに既視感だけはあった。
悲しみと、それから怒り。
この頃の自分はオルディスに拒否されたという事実を受け入れられなかったのだ。
今の自分にオルディスに対する怒りなどないが、蘇った感情には確かにそれが混ざっていた。
「……エルディーテ様。私には相応しくないのです。もう時間がありませんので……」
僅かに焦燥感を孕むオルディスに対し、しかしエルディーテは離れなかった。
絶対に逃したくないという感情は、彼の言うようにレニーと同じ執着なのだろうか。
腕に絡んだままの幼いエルディーテは涙ながらに訴えた。
「お願いディート、一緒に居て」
「お嬢様、ご容赦ください」
「嫌よ。あなたからすれば滑稽かもしれないけど私は本気なの!どうしても行くなら追いかけるわ」
「ご冗談を……あなたはグラウス公爵家の長女です。出来るわけがない」
相手が子供だからか腕を振り払えないでいるオルディスだったが、しかし冷たい声で突き放すように告げた。
だが自分はしつこかった。
視線を上げ睨むようにオルディスへ告げるとドレスからあのハンカチを取り出して彼の身体に押し付ける。
「出来るわ。私はあなたを一人にさせない」
草木も花も眠る庭園で、あまりにも稚拙な想いを当時の自分は彼に突きつけていたのだった。



