死者を救う試練で、初恋の騎士は眠れぬ番犬になっていた ~エルディーテの冥界追想録~

「そうですか、分かっているならいい」

次の瞬間、オルディスは帯同していた剣を引き抜いた。
その切先が父へ向いている。

「俺はあんたを殺そうと思いここへ来た。散々奪われ続けたんだ。最後に奴からあんたを奪うぐらいしなければ帳尻が合わないでしょう」

「帳尻か……」

しかし父は鋭利なそれが目の前へ突き出されてもなお、動じることはなかった。
それどころか、続けて紡がれた言葉にエルディーテは眼を瞠った。

「私の首一つで賄えるのか疑問だが、君が望むならいいだろう」

動揺したのはエルディーテだけではない。

「……なぜですか」

いや、正しくは理解しかねるといった声が響いた。

「今日まで一つの隙もみせず護衛をつけていたあなたが、なぜわざわざ理由をつけてまで俺と二人きりに?」

そもそも父がオルディスを呼び出したのは、専任騎士を受けるか再確認という名目だったはずだ。

それなのに人払いまでして、自ら首を差し出している。

「……エルディーテだな」

「は……?」

自分の名が出たことにエルディーテは眉を顰めた。

「あの子は君が好きらしい」

「それがなんですか……」

オルディスもまた、訝しげな視線を父へと向けていた。
しかし父は刃を前に粛々と述べる。

「娘が君を気に入って、君を選び続けている。子供の直感は当たるだろう。君が美しい魂を持っているとエルディーテは感じ取っている。娘から君の話を聞くたびに、いつも私は自分の過ちを思い出していた……」

これははたして尋問か、それとも懺悔か。
オルディスと父のやり取りにエルディーテは胸を焦がし聴き入っていた。

「ではひとつ教えてください。この際はっきりさせておきたい。俺を追放したのは、レニーを守るためだった。あんたは俺でなく、あいつを選んだわけだ」

オルディスは未だ剣を下すことをせず言った。

「言い訳が長くなるが、聞いてくれるか」
「……さっさと言え」

「君を帝国騎士団から追放した年にエルディーテが生まれた。子供は私の心臓だ。丸裸の心臓が世界に晒されていることは、私を怯えさせることも冷酷にさせることも出来る」

父はここで息をつくと吐息を零し、それから僅かに眉根を歪めた。

「だからあの時、保身から周囲に同調してレニーの行いを隠匿した。娘のために戦争を起こしてはならないと考えて……たとえ私怨で君を嵌めるための”過程”の出来事だとしても、相手国はそう受け取らない。レニーの立場では大きく意味が変わる」

「それで……?嘘偽りなく答えろ」

「分かっている。娘の存在はきっかけだが、君の言う通り、それだけじゃなかった。レニーを守るためでもあった……」

全てを白状するように告げる言葉は少し擦れて聞こえる。オルディスは口角を上げると納得したように薄く笑った。

「だろうな。戦争を起こさないという点においてはレニーを処刑すれば防げる可能性もあった」

彼のこの表情をエルディーテは見たことがなかった。それほどに危うい色を帯びていて、今すぐにでも父を斬り伏せてしまいそうな雰囲気がその場を支配している。

「可能性だけでは不十分だったというのもあるが……私にとってレニーを処刑することは彼を助けようとした自分を根底から否定することに等しい。生かそうとして触れたものを自ら殺すなど出来ない」

「……その生半可な態度が彼を暴走させているのに、あなたは放っておいた。だから今の俺がある」

「そうだ」

「俺には、なんの非もなかった」

「あぁ。君は何も悪くない」

確かめ合っている答えはオルディスの悲運を決定付けるものにしかならない。だがその理不尽な運命を、今この場で言葉にしなければ彼はきっと我慢ならなかったのだろう。

エルディーテは二人の間で交わされる言葉を聞き、まるで心臓を素手で触れられたような嫌な感覚が身体に広がった。

「レニーと引き合わされた日、俺はすぐに気付いた。あいつの世界はあんたしか映してないと……あんたは一体、レニーの何を見ていたんだ」

「……私は理想を押し付けていただけだった」

「そうだ。そしてあいつもあんたに理想を押し付けている。ある意味、似合いだな」

皮肉も本心も溶けて混ざったような毒々しい言い方はオルディスらしくなく、彼が苛立っているのは明らかだった。

「もうこれ以上、俺を巻き込まないでくれと何度も考えたよ。口にもした。あんたから距離も取った。それなのにレニーはあんただけでなく、延々と俺にも執着している……うんざりだ」

彼が怒るのは当然だ。
父の存在さえなければレニーという男に執着されることはなかったのだから。

「あぁ。だから君の怒りを受け入れる」

父もまた自覚し後悔していたのだろう。オルディスの瞳に視線を重ね静かに告げたのだ。

「娘のおかげで私は自分の過ちを受け入れる覚悟ができた。君が私を殺したいなら、そうすればいい」

言えばオルディスは父の首筋に刃を当てた。しかしそれが振り下ろされることはない。

固まったままオルディスは父を睨んでいた。

「……オルディス?」

そして父の首筋から剣を引き、鞘へ収めたのだ。

彼が父を殺さないことは分かっていることだったが、緊迫した空気の重圧から解放されエルディーテは肩を落とす。

オルディスは乾いた声で言った。

「エルディーテ様も同じだ。私しか見ていない。あまりに滑稽だ……レニーも、エルディーテ様も……ただの子供の我儘じゃないか……」

そして身体を貫くような言葉が突如としてエルディーテを襲った。

「理想の騎士なんて、あんたの娘には言われたくなかった」

胸がじくじくする。

これは王女サフィアを救うため、試練のために見ているだけなのに。
ローゼに宣言したあの時、彼が自分に嫌悪の感情を抱いていた事が分かり、傷を抉らるような痛みを感じたのだ。

「オルディス……」
「もう俺は騎士でもなんでもないのに……」

呟くオルディスに対し、父は言葉に迷っていた。


まさにその時だ。
これまで二人の気配以外感じさせなかった場所に、扉を叩く音が響いた。

「――お父様、入ってもよろしいですか?」