死者を救う試練で、初恋の騎士は眠れぬ番犬になっていた ~エルディーテの冥界追想録~

食事を終えた一同が部屋から出て行くのに続きエルディーテが扉を抜けると、そこは廊下ではなく父の執務室だった。

「私達の会話は聞こえていただろう、ディート……いや、オルディス。人払いはしてあるから取り繕う必要はない。楽にしてくれ」

エルディーテは父の言葉に耳を疑った。
まさか知っていたのか……。

部屋には父とオルディスの二人。
胡乱な眼差しを向けるオルディスに、父は机の後ろの戸棚から仰々しいラベルのついた琥珀色の酒を取り出すとウィスキーグラスを二つ取り出して注ぎ入れた。

「やはり気付いていらっしゃったのですか……」

「言ったはずだよ。忘れた日はないと」

父はグラスをオルディスへと差し出したが、受け取る様子がないと悟ってか、それを傍らの机へ置いて自分は一口喉へと流す。

「……なぜ気付いていないふりを?」

「気持ちに折り合いをつけるまでに、時間がかかったからだ……」

父はひと口、またひと口と酒を口にする。

普段から酒を嗜む人ではない事を知っているが故に、その行為はどこか刹那的なものを感じさせていた。

いや、もしくは勢いが必要だったのかもしれない。

父は思い沈黙のあと言葉を選ぶように紡ぐと深々と頭を下げたのだ。


「オルディス……レニーと私は君に申し訳ないことをした。何を言っても響かないだろうが、心から謝りたい」

無音の緊張が支配する幾許かの間。
それがまるで気の遠くなるような時間に感じられた。

視線を上げた父の眼は、いつもより影を落とした深い色をしているような錯覚を受けた。

するとオルディスは無機質な声で問う。

「……あんたが引き受けきれなかったのは、やはりレニーの人生ですか」

「そうだ」

「レニーは、あいつは……あんたがずっと側に居るのに、ちっとも気付いていなかった」

「あぁ、そうかもしれない」

「……レニーをどうしたかったのですか?彼を傍に置いたのは国のためですか?」

なぜ自分を見捨てたのか、エルディーテにはまるでそう尋ねているように聞こえた。

エルディーテにとっても疑問だった。
なぜあのような人物を父が気にかけていたのか理由が分からない。

少なくともオルディスの人生を追ってきたエルディーテの心象として、レニー・レイヴンに関しては騎士としての高潔さの欠片が感じられなかった。

狡賢く卑劣で、弱者を支配し自分の存在を証明するようなやり方は見苦しいものに感じる。

オルディスに問われた父は、やるせなく呟いた。

「何年も考えてきたが、大義なんてない。……ただ、あの歪な家から出してやりたかっただけだ」

足元へ視線を落とし瞼を固く閉じていた。
するとオルディスは眦を吊り上げ唇を開く。

「そういうのをね、善意の押し売りというんですよ」

それは酷く硬い声で、侮蔑を孕む声音だった。
怒りに任せて怒鳴るでなく、とりつく島のないような相手を突き放す冷ややかさ。

オルディスの凍てついた心を垣間見て、エルディーテは息を呑んだ。
それは父もまた同じであった。

「オルディス……」

「ユーク様。レニーはレイヴン家から出るどころか、ずっぷり浸かっていますよ。それに私を地の果てまで追い詰めねば気が済まないらしい。なんなら、あの家族より性質が悪い」

畳み掛けるように父の言葉を遮りオルディスは指摘する。
それに対し父は反論する気がないようで、下唇に浅く歯列を立てたのち頷いた。

「分かっている。すべて私の責任だ」