「……止めてちょうだい。私にとってもうあなたは過去の人。必要のない存在なのよ」
そしてその唇から紡がれたのは、まるでローゼが自分自身へと言い聞かせるような言葉だった。
それからローゼは生き急ぐように扉へと指を伸ばした。しかしドアノブを握る手は動かない。
「だったら何故、私が求婚した時に泣いたのですか」
声を張り上げるでもなく、ただ静かにセムセイは尋ねたからだ。
知らなかった。ローゼがセムセイに求婚されていたことも、それを泣いて断っていたことも。
自分の知らないところで起きていた何もかもに、エルディーテはどうしようもない居心地の悪さを感じ胸が重くなる。
「――分かりました。あなたが言わないのなら直接ディートさんに問うまでです」
「セムセイっ!!」
止めて、と言って振り返るローゼの言葉は、ノックの音と同時だった。
小さな音がコツコツと遠慮気味に響き、二人は唇を閉じた。
「あぁ、姫さまですね……」
無機質な声で呟くと、セムセイはローゼの手を退けるようにして自らドアノブに手をかけ扉を開いた。
そこにはセムセイの言葉の通り、幼いエルディーテがマリアとオルディスを伴い立っていた。
身に着けているのは七歳の誕生日に父から贈ってもらったミントグリーンのドレス。
その色を捉えた瞬間、エルディーテの頭に鈍い痛みが広がった。
「ぁ……ごめんなさい、様子が気になって。お話は終わってた?」
「はい。姫様、ありがとうございました。彼女のおかげで私の悩みは解決しそうです」
「本当!?良かったわ。セムセイが私にお願いなんて初めてのことだから、とっても心配したのよ」
「申し訳ありません」
「でも解決出来そうで良かった。さすがは私の先生!」
満面の笑みを浮かべた幼き日のエルディーテは、破顔した後に慌てて唇を閉じ直し改めて微笑んだ。
きっとローゼに「歯を見せては下品」だと言われかねないと思ったのだろう。
しかしローゼの視線の先はエルディーテではなく、セムセイへと向けられていた。
「セムセイ様。いくらお嬢様が甘いからっていっても今回だけですからね?勝手にローゼ様に約束を取り付けるなんて真似は、もう止めてくださいね」
「分かってますよ、マリアさん。ローゼ様も、皆さんもご迷惑をおかけしました」
マリアが不服な様子で告げると、セムセイは普段と変わらぬ穏やかな面持ちで頭を下げる。
その姿を静観するローゼの視線は、暫しの間を置いてオルディスへと向けられた。
けれども彼らの後方に控えていたオルディスは、ローゼの視線よりもセムセイの方を気にしている様子だった。
「――――ローゼ先生、セムセイの話を聞いてくださってありがとうございました」
何も知らない幼いエルディーテは、ローゼに尊敬の眼差しを送っている。
その瞳を受けてローゼはゆっくりと双眸を瞬いたあと粛々と告げた。
「いえ……次回は私も気を付けますわ。大切な生徒の時間を削ってしまったことを深くお詫び申し上げす」
「そんな。ローゼ先生は私が許可するなら相談に乗るとセムセイに言ってたのでしょう?私が許可したのだから、感謝はされても謝罪することはないと思います」
なるほど、とエルディーテ理解した。
当時の自分は、セムセイの言葉を鵜呑みにして二人に時間を与えていたようだが、さきほどの口論からして実際はローゼの同意がなかったのだ。
蘇る記憶に残るセムセイは、優しくて穏やかな騎士だった。しかし彼はエルディーテが知っている姿よりもずっと強かな男性だったのかもしれない。
そんな彼は、間者であるローゼとオルディスに疑問を持ち始めている。
「ではエルディーテ様、今日は刺繍の仕上がりを先に確認させていただきましょうか」
そしてその唇から紡がれたのは、まるでローゼが自分自身へと言い聞かせるような言葉だった。
それからローゼは生き急ぐように扉へと指を伸ばした。しかしドアノブを握る手は動かない。
「だったら何故、私が求婚した時に泣いたのですか」
声を張り上げるでもなく、ただ静かにセムセイは尋ねたからだ。
知らなかった。ローゼがセムセイに求婚されていたことも、それを泣いて断っていたことも。
自分の知らないところで起きていた何もかもに、エルディーテはどうしようもない居心地の悪さを感じ胸が重くなる。
「――分かりました。あなたが言わないのなら直接ディートさんに問うまでです」
「セムセイっ!!」
止めて、と言って振り返るローゼの言葉は、ノックの音と同時だった。
小さな音がコツコツと遠慮気味に響き、二人は唇を閉じた。
「あぁ、姫さまですね……」
無機質な声で呟くと、セムセイはローゼの手を退けるようにして自らドアノブに手をかけ扉を開いた。
そこにはセムセイの言葉の通り、幼いエルディーテがマリアとオルディスを伴い立っていた。
身に着けているのは七歳の誕生日に父から贈ってもらったミントグリーンのドレス。
その色を捉えた瞬間、エルディーテの頭に鈍い痛みが広がった。
「ぁ……ごめんなさい、様子が気になって。お話は終わってた?」
「はい。姫様、ありがとうございました。彼女のおかげで私の悩みは解決しそうです」
「本当!?良かったわ。セムセイが私にお願いなんて初めてのことだから、とっても心配したのよ」
「申し訳ありません」
「でも解決出来そうで良かった。さすがは私の先生!」
満面の笑みを浮かべた幼き日のエルディーテは、破顔した後に慌てて唇を閉じ直し改めて微笑んだ。
きっとローゼに「歯を見せては下品」だと言われかねないと思ったのだろう。
しかしローゼの視線の先はエルディーテではなく、セムセイへと向けられていた。
「セムセイ様。いくらお嬢様が甘いからっていっても今回だけですからね?勝手にローゼ様に約束を取り付けるなんて真似は、もう止めてくださいね」
「分かってますよ、マリアさん。ローゼ様も、皆さんもご迷惑をおかけしました」
マリアが不服な様子で告げると、セムセイは普段と変わらぬ穏やかな面持ちで頭を下げる。
その姿を静観するローゼの視線は、暫しの間を置いてオルディスへと向けられた。
けれども彼らの後方に控えていたオルディスは、ローゼの視線よりもセムセイの方を気にしている様子だった。
「――――ローゼ先生、セムセイの話を聞いてくださってありがとうございました」
何も知らない幼いエルディーテは、ローゼに尊敬の眼差しを送っている。
その瞳を受けてローゼはゆっくりと双眸を瞬いたあと粛々と告げた。
「いえ……次回は私も気を付けますわ。大切な生徒の時間を削ってしまったことを深くお詫び申し上げす」
「そんな。ローゼ先生は私が許可するなら相談に乗るとセムセイに言ってたのでしょう?私が許可したのだから、感謝はされても謝罪することはないと思います」
なるほど、とエルディーテ理解した。
当時の自分は、セムセイの言葉を鵜呑みにして二人に時間を与えていたようだが、さきほどの口論からして実際はローゼの同意がなかったのだ。
蘇る記憶に残るセムセイは、優しくて穏やかな騎士だった。しかし彼はエルディーテが知っている姿よりもずっと強かな男性だったのかもしれない。
そんな彼は、間者であるローゼとオルディスに疑問を持ち始めている。
「ではエルディーテ様、今日は刺繍の仕上がりを先に確認させていただきましょうか」



