「……違いますっ!私はローゼ一筋ですからっ!!昨日、婚約の申し入れをしただけです……!!」
その発言は、先ほどまで我関せずとエールを呑み始めていたオルディスの視線さえも集めた。
しかしセムセイはその勢いから一転し肩を落とす。
「まぁ、断られましたけどね……」
意気消沈と言わんばかりの落胆を目の前に、さすがに他の騎士らは彼をそれ以上揶揄うことはせず慰めの言葉をかけあう。
「セムセイさん、今夜は皆で飲みましょう!」
「そうだ。話は聞いてやるからな」
「確か次はトルマとセムセイが当番だったな。誰か、このあとの姫様の警護変わってやれる奴はいるか」
それまでオルディス同様に黙っていた団長のリックがおもむろに立ち上がる。
そしてセムセイの肩を叩いてはぐるりと周囲を見渡した。
「団長、お気遣いなく。私は大丈夫です」
「なに言ってんだ。さっきの様子じゃ待機してもらった方がいい」
セムセイは私情を挟む気はなかったようだが、明らかな動揺を見せた姿を指摘され押し黙る。
いくら邸内の警護とはいえ、万全を期した状態でなければリックは良しとはしない。
するとオルディスが静かに手を挙げた。
「でしたら私が変わります」
「お。じゃあ頼むぞ、オルディス」
セムセイは眉尻を下げオルディスに視線をくべる。
「すまない……助かるよ」
その瞳には申し訳なさとは別にもう一つ、何か違う別の感情を孕むものがあった。
彼のその瞳にオルディスは気付いていただろうか。
エルディーテは彼らを俯瞰するたびに、自分が当時見てきたものと違う世界へ突き落される。
「気にするな。では団長、私は先に戻って準備を整えてきます」
オルディスはトルマと共に一足先に演習所を後にした。
それから自室へ戻ると身支度を整えたあと、例の本を手に取る。そしてどうするつもりなのか胸元に忍ばせ交代の時間を告げに邸へと赴いてゆく。
オルディス達のあとを追ううちに、エルディーテはハッと思い出した。
そうだ。この後は確か、どういう経緯だったかうろ覚えだがオルディスから本を受け取るのだ。
ローゼからマナーの指導を受けて、そのあといつも通り見送りをすませたあと、オルディスとトルマとマリアを連れて庭園へ行く。
そしてマリアに茶菓子を用意してもらっている間に、エルディーテは一人になろうと走り出すのだ。
駆けだしたのは単純な理由だ。オルディスの前で叱責を受けたことが恥ずかしかったから。
子供とはいえ好きな人の前では恰好つけたかった。大人の令嬢のように振る舞いたかったのだ。それなのに叱責を受けるなど恥ずかしい場面を見られ落ち込んでいた。
「お嬢様、お待ちください」
当然、オルディスもトルマも任務のためエルディーテを追ってくる。
しかしトルマの方は少しその動きを見せただけで足を止め、オルディスに任せた様でその場にとどまっていた。
トルマから少し離れた先には、オルディスがエルディーテに追いつき宥めている姿があった。
「どうされたのですか?」
「だって私……みんなの前で怒られちゃったから……恥ずかしかったわ」
「レディ・ローゼは厳しい方だと聞いていますが、いつもお嬢様のためを考え指導されていると聞いています。あの場で叱責すべきではなかったとは思いますが、何か事情があったのかもしれません」
「分かってる……先生は優しいもの。でもディートに格好悪いところ見せたくなかったの……」
「なるほど……そうでしたか」
さすがに涙は零さなかったが、エルディーテは足元を見つめたままだった。
オルディスは視線を彷徨わせたあと困ったように吐息を零すと膝をつき視線を合わせる。
「お嬢様はどうすれば元気が出ますか?」
押し黙ったままのエルディーテだったが、オルディスに問われ呟いた。
「……だったら……誕生日の贈り物……」
「贈り物……」
「ディートから貰えたら元気出るわ」
現金なものだ。今なら願いを叶えてもらえると、感覚で分かっていたのかもしれない。
「なんでも良いのですか?」
「えぇ」
「……でしたら」
オルディスは胸元に手を入れた。
エルディーテの視線はその手に注がれる。あの本を出すのだろうか。
しかし彼が手にしていたのは小さなカードのようなもの。
それは春祭りの屋台などでもよく見かける、黄色の花を押し花にしたものだった。
「こちらを送っても?」
するとようやくエルディーテの視線はオルディスへと向けられる。疑うような視線が変化してゆき、それは喜びに満ちていた。
「他の人に渡したり、見せびらかしたりしませんか?」
「もちろんよ!」
そしてふと騎士服の胸元に視線を向ける。
「ねぇ、それは何?」
「これは……」
幼いエルディーテが指を指し示す。
言葉に詰まったオルディスの胸元をさらにエルディーテは覗き込み「本?見せて」とせがむ。
オルディスは困った様子だが突き放せない。
そしてエルディーテがさらに身を乗り出した表紙に本は胸元から滑り落ちてしまった。
刹那、背後からトルマがおずおずと現れ、二人に声をかける。
「あのー、マリアさんが戻ってきましたよ……あれ、どうしたんですかそれ。お嬢様にプレゼントですか?」
空気を読んでか気配を消して近づいたために、エルディーテの肩は小さく跳ね、二人の間に落ちた本を見てトルマが問う。
エルディーテはすかさず拾い上げ微笑んだ。
「そう。私が落ち込んでたから用意してくれたみたい。ね、ディート?」
「……えぇ」
一応今は護衛任務中だ。私物を持ち込むのは良くない。
エルディーテは「ごめんね。あとで返すから」とオルディスに耳打ちしていた。
「よかったですね、お嬢様。でもその本、神話ですよね?ディートさんはもう少しお嬢様の趣味を考えて贈り物してくださいよ」
トルマは「色気ないなぁ」とぼやきながら二人を見遣る。
「色気は不要だ」
「いやいや、乙女心が分かってないのは致命的ですよ。僕を見習ってください」
女性から秋波を向けられ慣れているトルマはわざと挑発するようにオルディスに告げる。
その声は喜色を孕んでいた。
「お嬢様、マドレーヌをお持ちしましたよ」
気づけば戻ってきたマリアの姿が見えて、エルディーテは本を抱えながら駆け寄る。
その後を二人の騎士が追随してゆく。
そこには確かに平穏な日常の温もりがあった。
その発言は、先ほどまで我関せずとエールを呑み始めていたオルディスの視線さえも集めた。
しかしセムセイはその勢いから一転し肩を落とす。
「まぁ、断られましたけどね……」
意気消沈と言わんばかりの落胆を目の前に、さすがに他の騎士らは彼をそれ以上揶揄うことはせず慰めの言葉をかけあう。
「セムセイさん、今夜は皆で飲みましょう!」
「そうだ。話は聞いてやるからな」
「確か次はトルマとセムセイが当番だったな。誰か、このあとの姫様の警護変わってやれる奴はいるか」
それまでオルディス同様に黙っていた団長のリックがおもむろに立ち上がる。
そしてセムセイの肩を叩いてはぐるりと周囲を見渡した。
「団長、お気遣いなく。私は大丈夫です」
「なに言ってんだ。さっきの様子じゃ待機してもらった方がいい」
セムセイは私情を挟む気はなかったようだが、明らかな動揺を見せた姿を指摘され押し黙る。
いくら邸内の警護とはいえ、万全を期した状態でなければリックは良しとはしない。
するとオルディスが静かに手を挙げた。
「でしたら私が変わります」
「お。じゃあ頼むぞ、オルディス」
セムセイは眉尻を下げオルディスに視線をくべる。
「すまない……助かるよ」
その瞳には申し訳なさとは別にもう一つ、何か違う別の感情を孕むものがあった。
彼のその瞳にオルディスは気付いていただろうか。
エルディーテは彼らを俯瞰するたびに、自分が当時見てきたものと違う世界へ突き落される。
「気にするな。では団長、私は先に戻って準備を整えてきます」
オルディスはトルマと共に一足先に演習所を後にした。
それから自室へ戻ると身支度を整えたあと、例の本を手に取る。そしてどうするつもりなのか胸元に忍ばせ交代の時間を告げに邸へと赴いてゆく。
オルディス達のあとを追ううちに、エルディーテはハッと思い出した。
そうだ。この後は確か、どういう経緯だったかうろ覚えだがオルディスから本を受け取るのだ。
ローゼからマナーの指導を受けて、そのあといつも通り見送りをすませたあと、オルディスとトルマとマリアを連れて庭園へ行く。
そしてマリアに茶菓子を用意してもらっている間に、エルディーテは一人になろうと走り出すのだ。
駆けだしたのは単純な理由だ。オルディスの前で叱責を受けたことが恥ずかしかったから。
子供とはいえ好きな人の前では恰好つけたかった。大人の令嬢のように振る舞いたかったのだ。それなのに叱責を受けるなど恥ずかしい場面を見られ落ち込んでいた。
「お嬢様、お待ちください」
当然、オルディスもトルマも任務のためエルディーテを追ってくる。
しかしトルマの方は少しその動きを見せただけで足を止め、オルディスに任せた様でその場にとどまっていた。
トルマから少し離れた先には、オルディスがエルディーテに追いつき宥めている姿があった。
「どうされたのですか?」
「だって私……みんなの前で怒られちゃったから……恥ずかしかったわ」
「レディ・ローゼは厳しい方だと聞いていますが、いつもお嬢様のためを考え指導されていると聞いています。あの場で叱責すべきではなかったとは思いますが、何か事情があったのかもしれません」
「分かってる……先生は優しいもの。でもディートに格好悪いところ見せたくなかったの……」
「なるほど……そうでしたか」
さすがに涙は零さなかったが、エルディーテは足元を見つめたままだった。
オルディスは視線を彷徨わせたあと困ったように吐息を零すと膝をつき視線を合わせる。
「お嬢様はどうすれば元気が出ますか?」
押し黙ったままのエルディーテだったが、オルディスに問われ呟いた。
「……だったら……誕生日の贈り物……」
「贈り物……」
「ディートから貰えたら元気出るわ」
現金なものだ。今なら願いを叶えてもらえると、感覚で分かっていたのかもしれない。
「なんでも良いのですか?」
「えぇ」
「……でしたら」
オルディスは胸元に手を入れた。
エルディーテの視線はその手に注がれる。あの本を出すのだろうか。
しかし彼が手にしていたのは小さなカードのようなもの。
それは春祭りの屋台などでもよく見かける、黄色の花を押し花にしたものだった。
「こちらを送っても?」
するとようやくエルディーテの視線はオルディスへと向けられる。疑うような視線が変化してゆき、それは喜びに満ちていた。
「他の人に渡したり、見せびらかしたりしませんか?」
「もちろんよ!」
そしてふと騎士服の胸元に視線を向ける。
「ねぇ、それは何?」
「これは……」
幼いエルディーテが指を指し示す。
言葉に詰まったオルディスの胸元をさらにエルディーテは覗き込み「本?見せて」とせがむ。
オルディスは困った様子だが突き放せない。
そしてエルディーテがさらに身を乗り出した表紙に本は胸元から滑り落ちてしまった。
刹那、背後からトルマがおずおずと現れ、二人に声をかける。
「あのー、マリアさんが戻ってきましたよ……あれ、どうしたんですかそれ。お嬢様にプレゼントですか?」
空気を読んでか気配を消して近づいたために、エルディーテの肩は小さく跳ね、二人の間に落ちた本を見てトルマが問う。
エルディーテはすかさず拾い上げ微笑んだ。
「そう。私が落ち込んでたから用意してくれたみたい。ね、ディート?」
「……えぇ」
一応今は護衛任務中だ。私物を持ち込むのは良くない。
エルディーテは「ごめんね。あとで返すから」とオルディスに耳打ちしていた。
「よかったですね、お嬢様。でもその本、神話ですよね?ディートさんはもう少しお嬢様の趣味を考えて贈り物してくださいよ」
トルマは「色気ないなぁ」とぼやきながら二人を見遣る。
「色気は不要だ」
「いやいや、乙女心が分かってないのは致命的ですよ。僕を見習ってください」
女性から秋波を向けられ慣れているトルマはわざと挑発するようにオルディスに告げる。
その声は喜色を孕んでいた。
「お嬢様、マドレーヌをお持ちしましたよ」
気づけば戻ってきたマリアの姿が見えて、エルディーテは本を抱えながら駆け寄る。
その後を二人の騎士が追随してゆく。
そこには確かに平穏な日常の温もりがあった。



