死者を救う試練で、初恋の騎士は眠れぬ番犬になっていた ~エルディーテの冥界追想録~

言葉はエルディーテに向けられたのに、ちょうど居合わせた騎士の一人、――セムセイが弾くように立ち上がり、彼は褐色の肌を真っ赤に染めてローゼを見つめていた。

「ローゼ先生……今日はいつもより到着が早いですね。ちょうどこれからお出迎えにあがろうと思っていたところで……」

エルディーテは立ち上がりカーテシーをしてみせた。
しかしローゼは日傘を真っ直ぐに立て差したまま整然とエルディーテを見据えている。

その立ち姿は絵に描いたように美しい。だが何を考えているのか分からない切れ長の翡翠の瞳は無機質な冷ややかさを帯びている。

「エルディーテ様。私からマナーを学ぶ時間を惜しむ令嬢はごまんといらしてよ。再三申し上げた心得をあなたは未だ覚えていないようで関心しませんわ」

彼女は貴族で歴史ある名家だが、伯爵の人の良さが裏目に出て投資に失敗し実家が財政難のためマナー講師をしていた。

ローゼの令嬢としての立ち振る舞いは一級品で、母親同士が仲が良い事もあって、週に二回ほど来てはエルディーテの師としてマナーの講義をしてくれている。

「ごめんなさい。ローゼ先生」

「本当に分かってらっしゃるの?接遇で最も重要なのは”余白”です。時間にも心にも”余白”をお持ちください。今回であれば、優雅に客人を待つのが招く側の配慮。私が到着する時間に慌てて邸に帰ってきてみなさい。ドレスの裾の小さな汚れにも気づかず客人を出迎えることになります。余白とは、気付きを得る時間であり、最も美しい時間の使い方ですわ」

ローゼは人目憚らず指摘した。
幼いエルディーテは身を縮こまらせ、粛々と叱りを受けている。

これは珍しい光景であった。
今にして思えば、いつもの彼女なら人前で叱るようなことはしない。なぜかこの日に限っては騎士らの目があることも気に留めず叱責されていた。

彼女が間者であったという事実と何か関係があるのだろうか。

長い黒髪をハーフアップにまとめ上げたローゼの頬はいつもより血色を帯びていて、それは頬紅がもたらす色と僅かに違っている。

「……気を付けます」

「よろしい。では行きましょう。皆さまも、ごきげんよう」

しんと静まり返った演習場で、オルディスはエルディーテを連れて去ってゆくローゼを訝し気に見つめていた。
微妙な空気が流れ、バスケットに残っている余りのサンドイッチに誰も手を出さない。

いつもであれば食べ終わった者から我先にと消費されてゆくそれが据え置かれたまま、彼らは互いに視線を交わし合っている。

「――なんか、随分と気が立ってらっしゃいましたね」

沈黙を割くように口を開いたのは若手騎士のトルマだった。

そういえば彼だけはエルディーテが叱りを受けている間も無言で咀嚼を止めずマイペースに飲み食いしていた。

そんなトルマは思いついたようにセムセイを見る。

「あ。セムセイさん、何かしたんですか?」

「は……なぜ私がっ!?」

「だってお二人は恋人同士でしょう。さっきだって動揺してましたし」

さらっと言ってのけた言葉に一同ざわめき、そしてエルディーテもまた驚いた。

彼は砂漠の地ゼノアを統治する辺境伯の四男で、白銀の長髪でオルディスにも劣らぬ体躯の持ち主だ。今は公爵家の騎士として身を立てており、たしか女性が苦手だったはず。

だが考えてみれば不思議な話ではない。
女性が苦手というが、ローゼを見つめる視線だけはいつだって熱が籠っていた。

「そうなのか!?」
「何をしたんだっ!」

他の騎士らはトルマの爆弾発言に乗っかるようにしてセムセイを問い詰め始める。

その傍らでオルディスは興味を失ったように飲みかけだったエールへと手を伸ばす。

「っ……いや、別に。大したことは……」

しどろもどろに答えるセムセイを彼らは勝手な憶測と冷やかしで囲い込んでゆく。

「痴話喧嘩か?まさかお前、浮気でもしたのかっ」

「あの厳しくも麗しいローゼ嬢をよく口説けたものだな。お前はすごい!だが調子に乗って浮気とは……」

「ちょっと止めましょうよ。まだ浮気とは決まってないのに。セムセイさんは口下手のくせにモテるから、浮気っぽくなって誤解されただけじゃないですか」

はっきり答えないがために周囲は尚も勝手に盛り上がっている。
するとしびれを切らしたようにセムセイが立ち上がった。